33.「帝国の撤退と、『花の町』の魔物の消失。そしてその頃、リゼとレオは……」


  ◇



 フロリアの町の片隅で人知れず行われた、『医者ドクトル』との戦い。

 その結果は、トーヤたちの予想を越えて、このフロリアという戦場全体にまで大きく影響することとなった。


 今この場においてゼルネシア帝国陣営の最高戦力は、紛れもなく『戦う医者ドクトル・クリーク』ローゼンシュタインだった。しかし、その『医者ドクトル』が戦場から離脱したのである。


 帝国の見切りは早かった。元々少人数での作戦行動だったのだ。『医者ドクトル』が欠けてしまった以上、もはやこれ以上の作戦継続は不可能。そして――


 まず最初にその異変に気がついたのは、リゼだった。


 無人のフロリアの市場へ誘導されら魔物たちを、無慈悲に虐殺――もとい、討伐していたリゼ。その最中に、不可解な現象を目の当たりにしたのである。


 ――触れてもいないのに、フロリア中の魔物が、自壊していく……。


「ん……。魔物が、消えた……?」


 大量の瘴気と化し、大気に溶け込んでゆく魔物たちを見つめながら――リゼは一人、ポツンと呟くのだった……。



  ◇



 ――そして、一方その頃。


 フロリアの議会がある、町の中心部、議会前の広場では……。

 そこでは急ごしらえの『魔物対策本部』として、慌ただしく人が動き回っていた。


「Aブロックの掃討、ただ今完了しましたッ! 次の指示をお願いしますッ!」

「こちら負傷者が二名! 治癒ヒーラーを頼むッ!」

「報告っ! Cブロックの避難者、全員確認が取れました!」


 矢継ぎ早で状況を報告する、衛兵たち。そして――


「あわわっ、そんないっぺんに言われても、ウチ、そういうの得意やないねんっ……! な、なあレオやん、どうすればええと思う……?」


 点滅するガス灯の灯りに照らされた、広場の真ん中で――衛兵たちに囲まれて、獣人の少女、スィーファは右往左往していた。


 表で衛兵たちから上ってくる情報をまとめて、奥にいる指揮官のレオに伝達するのがスィーファの役割だった。

 言うなれば、指揮官であるレオの『秘書』のような仕事だろうか。


 なにぶん人手不足ということで、普段は御者をしている彼女まで駆り出されたのであるが……いつも馬を相手にのほほん・・・・としているスィーファにとって、こういうセカセカとした仕事は、どうにも慣れないものであった。


 とはいえ、リゼとアンリの二人は町で魔物と戦っている訳で……戦えないスィーファが何とかみんなの役に立とうと思い、申し出た仕事だった。


 しかし、色々な情報が頭の中でこんがらがって、てんてこ舞いになってしまったスィーファは――オロオロとした瞳で、レオに助けを求めたのである……。


 フロリアの地図と睨めっこをしていたレオは、スィーファの声にハッと我に帰ると、衛兵達の存在に気づく。


「……分かった、私が対応しよう」


 そう言って、オロオロしているスィーファに向けて頷くと、レオは衛兵たちに向かってテキパキと指示を飛ばすのだった。


「――まずは諸君、報告をありがとう。次の指示だが、Eブロックの人手が足りないはずだ。二人とも、部隊を率いてそちらへ応援に向かって欲しい」


「そして、治癒ヒーラーだが……済まない、今は出払っていて、こちらでは対応出来ない。だがそこのキットの中に、包帯と治療薬が入っている。二人分ならばそれで十分足りるはずだ。しばらくはそれで我慢してくれ」


 レオの指示を受けた衛兵たちは、それぞれ持ち場へと移っていく。

 それを見たスィーファは、感嘆の声を漏らすのだった。


「はえー、凄い貫禄やわ……ありがとな〜、レオやん!」


 そう言ってスィーファは、バシバシとレオの背中を叩く。そしてなおも「凄いな〜、レオやんはっ」と、レオを尊敬の眼差しで見つめてくるのだった。


(その『レオやん』という呼び名は、一体何なんだ……? 前は確か、『レオっち』だった気がするし……。うーむ、やはり、深く考えるのはよそう……)


 そしてレオは、再びフロリア地図の前へと戻って来る。

 とにかく、考えなくてはいけないことが山積みだった。


 レオは、静かに目を閉じる。

 これまでの報告を元に、レオは脳内で魔物の位置を探っていく。

 そして衛兵と魔物、二色の駒を脳内にイメージ――動かしていくのだった。


 戦場を完全に掌握する為には、常に二手三手、先を読む必要がある。


(この動き……明らかに、自然の魔物ではない。恐らく、何者かが魔物をコントロールしているはずだ。それを排除できさえすれば……)


 ――と、そこまで考えたところで、再び広場に人がやって来たのだった。

 今度は一体誰が……? と、レオが視線を上げたそこには――何と伝令に向かっていたはずのケルビンと、リゼの姿があったのである。


 そしてレオは二人から、フロリアの魔物が消失したと知らされたのだった。


「…………!? 魔物が消えただって!? リゼ、それは本当なのかっ!?」

「……ええ。私もハッキリ見たわ。目の前で、魔物が消えていくのを……」


 リゼがキッパリと断言する。

 魔物の全消失――信じがたい話だが、リゼがわざわざ嘘をつく理由もない。


 ――だが、なぜ唐突に魔物が消滅したんだ?

 魔物が理由もなく消失するはずがない。何か、理由があるはず……。

 そしてレオは、先程自分が考えていた仮説を思い出すのだった。


 ――魔物をコントロールしている者の存在。そして、その排除……。


「そうか……。つまりトーヤ、君がやってくれたんだな……」


 その結論に至り、レオはホッとしたのか、安堵の呟きを漏らす。

 それは指揮官という重役から解放された、レオの安堵の表れでもあった。


 当然の理だ。リゼに心当たりがないのであれば、他に理由は考えられない。

 しかし……。この混沌とした戦場の中で、そしてこれだけのスピードで、元凶となる存在を探し出し、排除するとは……!


(ふふっ、流石だな、トーヤ……。流石は私の見込んだ男だ……! しかし君の有能さには、驚かされるばかりだな……)



 ――その後。指揮官として、レオの最後の仕事が始まったのだった。

 それは魔物が全て駆逐されたことを、フロリアの人々に伝えること――。


 そして、やがてフロリア中に、歓喜の声が上がる。

 かくして『フロリア防衛戦』は、僕たちの勝利で幕を閉じたのだった……。

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