16.「どうやら勇者の中に一人、"皇女さま"が紛れ込んでいるようです」

 そして深夜のフロリアの町を走りながら、エレナは考える。

 いつからだろうか。私が暗闇を恐れ始めたのは……。

 何事にも、きっかけというものがある。そして、私のきっかけは――


 ――そしてエレナは思い出す。

 忘れもしない。あれは私が小さい頃、とはぐれて、貧民街へと迷い込んだ時のことだった……。



「ダメだ。君を連れては行けない。……貴族の子は、貧民の子と友達になんてなれないんだ」

「ひっぐっ、ひっぐっ……くすん」

「……そんなこと言わずに、連れて行ってやろうぜ? 俺たちの秘密基地にさ」

「おい、シャロン! 全く、アイツも飛んだお人好しだな。……仕方ない。連れて行ってやるさ。……でも勘違いするなよ、別に僕はお前たちのことを認めた訳じゃないからなっ!」



 あの時の私は確かに、に、救われたのだ。

 けれど――

 あの時の私は自分の事で一杯一杯で……あの二人に『不幸』をもたらす事になるなんて、知る由もなかったんだ……。



  ◇



 そしてリゼとエレナは、魔物を倒しながら、町の中心へと突き進んで行く。

 やがて二人は、フロリア議会前までやって来たのだった。


 議会前の広場にはガス灯が立ち並んでおり、明るく照らされている。


 明るい……ただそれだけで、ホッとしてしまう自分がいた。


「む……誰か人がいるな」


 議会前の広場、そこにいたのは指示を待つ衛兵――そして、見るからに動転してテンパっている若い文官の男だった。


 ――なぜここに衛兵が? 本来ならば、事態の収集の為に、積極的に動きまわっていなければいけないハズ……。


「指示をお願いします!」

「どど、どうすれば……!」


 衛兵たちに囲まれて、文官の男はその場で固まってしまっていた。

 そしてエレナはゆっくりと近づくと、声をかけるのだった。


「我々は王立異能学院の学生だ。是非手を貸したいのだが……貴方は?」

「わ、私はフロリア市市長の秘書官を務める、ケルビンでありますっ!」

「む……秘書官だと? 市長は何処だ。有事の際には市長が指揮することになっているハズだろう」

「それが……行方が分からないのです! おそらく、ここに来る途中で魔物に襲われたのかと……」

「それで、経験不足の秘書官が指揮を取っているのか……」


 そして、エレナは考える。

 正直、かなり良くない状況だ……この手の緊急事態においては、指揮官が瞬時に的確な判断を下せるかどうかで、その先の展開が大きく変わってしまうと言っても過言ではない。

 そして、残念ながら、この青年では実力不足だ……。

 このままでは、この町には大きな悲劇が待ち受けていると言っていいだろう。


 ならば――仕方ない。

 そしてエレナは、ケルビンと名乗る青年に向けて、言い放つのだった。


「私の名はレオ・アークフォルテ。『アークフォルテ家の嫡男』だ。……この意味は判るな?」

「……! まさか、『王家の懐刀』の、あの『アークフォルテ家』……!?」


 私の一言に、ケルビンは驚愕する。

 一瞬で私を見る目が変わる。そして、『その名前』にたじろいでいるのが手に取るように分かるのだった。

 ……どうやら、『あの家』の威光はまだまだ健在というらしい。

 それなら好都合。そしてエレナは、一方的に宣言する。


「これからは、市長が姿を現すまで、私が指揮を取る。……異存はないな?」

「りょ……了解しましたっ!」


 そしてケルビンは、私に向かってビシッと敬礼する。

 その目は、一欠片の安堵と、そして「とんでもない人が来てしまった……」という『おそれ』の感情を物語っていた……。


 これで第一の関門――『指揮権の確保』の突破に成功した。

 そしてエレナは、衛兵たちを集めると、テキパキと指示を飛ばしていく。


「君はフロリア市の衛兵副隊長だな。確か、名前は……『ロットン』だったか」

「そうですが……何故それを……!」

「国に仕えてくれる者の名前を把握するのは、上に立つ者の義務だろう? 一応、ある程度の地理は把握しているつもりだが……土地勘のある君たちに頼る場面も出てくると思う。その時は、よろしく頼む」

「は……ははっ!」


 私の言葉に、衛兵たちは声を揃えて返事を返す。

 これで、第二関門も突破――どうやらこれで衛兵たちも、私のことを認めてくれたようだ。

 部下から信頼されなければ、指揮官は務まらない。


 しかしこれでも、スタート地点に立っただけに過ぎない。

 私の采配一つで、助けられる命が失われるかも知れないのだから……。


「ふぅん……『レオ』君って、凄いのね。色々、指示出したり……こういうこと、私には出来ないわ」


 私の横で感心した様に、一部始終を観察していたリゼが呟く。


「これでも一応、小さい頃から『帝王学』を叩き込まれているからな。……血筋、なのだろうな……」


 そしてエレナは思い出す。今は別行動している、トーヤの言葉を――。

 トーヤは別れ際に、確かにこう言ったのだった。


「この騒ぎが、計画された物だったとしたら……もし僕が敵だったら、まず指揮系統を破壊しておくと思います」


 そう言ってトーヤは私に、もしもの事があった場合の指揮を託したのだ。

 そして議会に来てみたら、この状況だ……!

 まさかトーヤは、ここまで読んでいたというのかっ? 

 ……ふっ、流石はトーヤだな……。


 そしてエレナは神経を研ぎ澄ませると――脳内に『仮想の盤面』を作り出し、一つづつ駒を配置していく。

 最強の駒は、目の前にあった。"剣聖"リーゼロッテ――彼女にどれだけ力を発揮してもらうかが、この戦いの鍵になるだろう。


 ――民を守るは、王家の務め。

 『この国シドアニア』に仇なすというのなら、この私、"皇女"エレオノーラ・シドアニアが万策を持ってお相手しよう――。


 そして、"皇女"エレオノーラ・シドアニアは、静かに決意するのだった……。

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