02.「つかの間の休日。そして――暗殺者は、美少女たちと買い物をする」

 目の前の花壇には、赤と黄と水色の花弁と甘い香り。

 生い茂る草木は、競い合うように美しい花々を咲かせている。


 ――街角を彩る、色鮮やかな花々の数々。

 まさに『花の町』という名前に相応しい、美しい町の景色だった。


 ――『花の町』、か……。

 『何度魔物に踏みにじられたとしても、私は花を植え続けます』――たしか、かつて始祖ウィルと共に世界を救う旅に出た、『初代聖女』の言葉だったか。


 この町の風景は、決して一朝一夕で出来上がるものじゃない。沢山の人の努力が積み重なって、成り立っているのだ。


 そんな中、僕はリゼとレオの二人の姿を見つける。 

 そして――僕はそっと後ろから、二人の隣へさりげなく入っていったのだった。


 ――しれっとした表情で、二人の隣を歩く僕……。

 そして片手には、買ってきたばかりの出来立てほやほやのパン……。


「……トーヤ。急に居なくなったと思えば……今度はパンを買って来たのか?」

「いやー、美味しそうな匂いがしてきたから、つい……」


 そう言って、ジト目を向けてくるレオに対し、僕は屈託のない笑顔で答える。

 ……確かに、『嘘は』ついていない。

 パンを食べたかったのは、事実ではあるし。ただ、その、うっかり尾行者を一人撃退してしまっただけ……というのは、少し苦しいか。


 じーっ。

 そしてリゼもいつもの無表情で、ジッと僕のことを見つめる。


『流石に三度目ともなればねー。トーヤくんも、諦めて話しちゃったら?』


 後ろからギブリールの声が聞こえてくる。

 確かに、勝手に抜け出すのも、これでもう三度目。流石に怪しまれるか……。

 そしてリゼも、追い打ちをかけてくる。じりじりと僕の方ににじり寄ってくると、ジーっと僕の瞳を覗き込むのだった。


 至近距離に詰められて、流石の僕もドキドキしてしまう。

 ……だから近いですって、リゼさんっ!


「む……何だか怪しい……トーヤ君、何か隠してない?」

「そ、そんなことないですって! ほら、二人も一緒に食べません?」


 そう言って、僕はどうぞとばかりに二人にパンを差し出す。

 勝算はあった。僕と同じで、リゼは美味しいものに目がない……!

 そしてリゼは、悩ましそうに僕とパンを交互に見比べるのだった。

 

「むぅ……」


 美味しそうなパンの誘惑を前に、リゼは一瞬迷う。が、やがてパンを受け取ると、ちょこんと一口かじるのだった。……可愛い。


「ん、美味しい……」

「む、確かに……! 名物になるだけはある……」


 そして――僕とリゼとレオ、三人で仲良く一つのパンを食べ始める。

 ……どうやらこれで、ひとまずの所は誤魔化せたようだ。

 そして僕は、二人に提案する。


「そうそう、パン屋のおばさんから聞いたんですけど、フロリアここの市場って、結構凄いらしいんですって。……ちょっと、見に行きませんか?」



  ◇



 ――そして僕は二人を引き連れて、フロリアの市場を訪れたのだったが……。


 ワイワイ、ガヤガヤ……。

 まず最初に目に飛び込んでくるのは、人々の雑踏だった。

 とにかく、人が多い。そして市場は人々の活気で溢れていた。


 売り物は多種多様だ。

 まずは『花の町』らしく、カゴに並べられた色とりどりの花々、そして果物。


 珍しい植物の種だったり、突然変異により普通の花とは違う色や形をした、いわゆる『変種かわりだね』などは、セリに出されて、珍品として高値で取引されている。

 珍しい植物の前などは、行き交う人々も足を止めて眺めていた。


 運河が通る交易の要所ということもあって、行商人たちも、ある者は店を開き、ある者は目を光らせて品物を物色している。


 ゴザを敷き、商品を並べるだけで『お見せ』の完成だ。

 シドアニア王国各地の商品が、ズラリと取り揃えられ、並べられている。

 ――誰もが物を売れる場所。それがフロリアの市場なのだ。


『わあっ、凄い! 見て見て、人がいっぱい居るよ!』


 そんな市場の姿を目の当たりにして、ギブリールも大はしゃぎだった。

 ワクワクした様子で僕と一緒に市場を回りながら、『ねえねえ、アレって何かなっ?』と、興奮の面持ちで僕に向かって訊ねてくる。


『地上って、こんなに活気があるんだぁ。ボクも初めて来たけど、ちょっと感動しちゃったな……。でも……えへへ、これがトーヤくんの住む世界なんだね……!』


 どうやらギブリールも、地上の活気に感動したらしい。

 そしてリゼとレオも、町の喧噪に圧倒された様子だった。

 特にレオは、名家のお嬢様らしく、この手の市場には一度も来たことがなかったようで……


「な、何なんだっ、この人だかりはっ……! トーヤ、これが普通なのかっ?」

 

 未知の体験に、レオは助けを求めるような視線を僕に向ける。

 一方のリゼは、最初こそ驚いた様子だったものの、すぐに慣れた様子だった。


 そして――僕と一緒に出店を訪れたリゼは、商人のお爺さんに声を掛けられる。


「おお、その右腕にあるアザ、それは聖痕じゃないか……! ありがたや、女神さまの祝福だ。お嬢ちゃん、将来は勇者だね!」

「む……」


 どうやら小さい子供扱いされた事が気に食わなかったらしい。少しムッとした様子のリゼだったが……お爺さんは構わず、笑顔で商品のセールスを始める。


「欲しい物は何でも売ってあげるよ。なんなら、『将来の勇者』に免じて、少し安くしてあげよう!」

「ありがとうございます、オジさん!」


 僕はペコリと頭を下げる。

 『将来の勇者』か……確かに、間違ってはいない。リゼと僕は、これから王都で勇者の認定を受けるわけだし……。


「お兄ちゃんも、礼儀正しくていい子だねぇ。どれ、おまけしてあげよう」

「えっ、いいんですか!?」

「いいともいいとも。ささ、受け取りなさい」


 そう言ってお爺さんは、笑顔で品物を差し出す。

 僕はお爺さんにお礼を言いながら、受け取るのだった。


「ふふっ、どうやらこの爺さんには、二人のことが『兄妹』に見えたようだな」


 レオが、なぜか嬉しそうに僕に耳打ちする。

 

 お爺さん、いい人だったなぁ……そして僕たちは、店を出たのだったが。

 そして別れ際、お爺さんはボソリと呟く。


「みんな、二人みたいに良い子だったらいいんだがねぇ……。ここは王都のお膝元だから、勇者サマもたまに見かけるけど……。正直力が強いってだけで、いばり散らす勇者も多いんだ。悲しいもんだねぇ」


 そして、再び市場に出た僕たちだったが……すぐのに気がつく。


 ――ざわざわとした、ざわめき。

 何やら市場の向こうで、騒ぎが起こっているようだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る