30.「『メイド服を着た悪魔』」

 ――青白い月が、冷たく地上を照らす、そこは魔の森イービルウッズの深き所……。


 魔人ユリティアは漆黒の翼を羽ばたかせ、優雅に静寂の森に降り立った。

 小さな旋風に、ユリティアのメイド服がひるがえる。そしてその様子を、"イレブン・ナイヴス"の暗殺者たちは戦慄のまなざしで見つめていたのだった。


「ま、魔人っ……!?」

「嘘だろっ? 魔人は、根絶やしにされたハズじゃ……!?」

「人間に化けてやがったのか……!?」


 暗殺者たちは愕然と目を見開きながら、口々に「あり得ない」と呟く。

 しかし――目の前にいるのは紛れもなく、伝承の中の『魔人』そのものだった。


 魔人。それは有史以来、人類にとって恐怖の象徴だった。

 人のかたちをしていながら、決して人と相容れない、魔性の存在――。

 古人曰く、災いの擬人化。厄災をもたらす怪物。『その力、一晩で都市一つを滅ぼす』とまで言い伝えられるその存在を前にして――どうした事だろうか、人の命を奪う側の筈の暗殺者たちが、震えおののいているではないか……。


「あら、化けるだなんて、失礼ですわね? わたくしは一言も、『自分が人間だ』なんて、言っていませんのに……」


 魔人ユリティアは暗殺者たちを見下みくだしながら、妖艶な笑みを浮かべる。

 ユリティアの圧倒的な威圧感の前に、ギルザの部下達は完全に呑まれていた。


 逃げ出そうにも、恐怖で足が竦んで身動きが取れない。そしてそんな姿を見て、ユリティアは可笑そうに嘲りの笑みを浮かべるのだった。


「あらあら、さっきまでの威勢はどこへやら……まさか私のこの姿を見て、気が変わったと言うのではないでしょうね? ……ふふっ、でも、もう手遅れですわよ? だって、この姿を見られたからには、生きて返す訳にはいきませんもの……」


 既に食う者と食われる者、その立場は完全に逆転していた。

 このまま行けば、彼らにどのような惨劇が待っているのか、想像に難くない。


 ……しかしここにたった一人、その恐怖に屈する事なく、立ち向かおうとする男がいた。


「……ケッ、こんな所で魔人と出会すなんて、ツイてねェにも程がある……正直、今にも逃げ出してぇぐらいだ……だが、コッチにだって、面子ってもんがある……!」


「――尻尾巻いて逃げ出しちゃあ、この世界じゃやっていけねェんだよッ!」


 そして、一世一代の啖呵を切ると――ギルザはその豪脚で大地を蹴り、ユリティアに向かって突進するのだった。


「ちっ……喰らいやがれ、このバケモノがッ――!」


 ギルザは大きく踏み込むと、【鉄拳アイアンフィスト】の異能で文字通り鋼鉄と化した右の拳を、無防備に立つメイドの心の臓へと撃ち抜くのだった――


 この異能を生かすために、俺はひたすら鍛錬を続けて来たんだ!

 速さ×質量ッ! 馬鹿でも判る事だ!

 もはや俺の拳は、大砲を遥かに凌駕する! 喰らいやがれ――ッ!

 

 ……が、しかし。


「ガはッ……」

「――親方っ!」


 ギルザは信じられないものを見るように、目を見開く。

 鋼鉄と化した拳が、音速の拳が、女の片腕でいとも容易く止められる様を。

 そして、自分の土手っ腹に風穴が開けられた、ブザマな自分の姿を……。


 ……馬鹿な、俺の拳が片腕で止められた、だと……?


 ――そこにあったのは、どうやっても埋められない、『圧倒的な実力差』。

 生まれ持った基本性能スペックが違う――その事を思い知らされるのだった。

 嘘、だろ? 人間と魔人じゃ、これ程の差があるのかよっ……!?


 やべえ、意識が朦朧としてきやがった……これが、『死』ってヤツなのか……

 そしてギルザは最後に、自分が何故死ぬのかを確かめようとする。

 ギルザは薄れゆく意識の中で、視線を落とすと、自分の腹部を見つめる。

 ……貫手か? いや、違う。これは……


 ――ユリティアの右腕は、その翼と同じ色をした、"漆黒の剣"と化していた。


「クソッ……バケモノ、がっ……」


 ギルザは力なく膝を落とすと、口から血を流し、絶命する。

 そして――その様子を見た部下たちは、絶望の悲鳴を上げるのだった。


「ひいっ」

「うわああああっ!!!」

「あっあっあっ……」


 何とか目の前の怪物から離れようと、後ろずさるギルザの部下たち。

 しかしどうしたことか、足がもつれて逃げることが出来ない。

 そんな彼らに、ユリティアが告げるのだった。


「……逃げようとしても、無駄ですわ。なぜならあなた方は、既に私の"魔眼"に魅入られているのですから……。"抵抗する"か、"そのまま死ぬ"か――好きな方を選びなさい?」


 ギルザの体から"漆黒の剣"を引き抜くと、ゆっくりと暗殺者たちに近づく。

 ユリティアの"魔眼"が、彼らの逃亡を許さない。しかし……目の前でああも呆気なくリーダーのギルザをやられて、彼らの戦意は完全に喪失していた。


 そして一人ずつ、無残に斬り伏せられていく……


「や、止めてくれ……!」


 最後の一人が、ユリティアに向かって懇願する。

 その表情は恐怖に引き攣り、声は震えていた。

 目の前のたった一人の"魔人"に、信頼していた『親方』が、そしてあれだけいた仲間が、五分も経たぬ間に壊滅させられたのだ。

 何か、恐ろしい悪夢としか思えない……

 そして何とか自分だけでも助かろうと、男は必死で言葉を並べ立てる。


「そ、そうだっ、俺は金輪際、アンタ達に手を出さない! 約束するッ! だから……お願いだ、見逃してくれっ……!」


 藁にも縋る思いで、男は涙声で懇願する。

 だが……そんな様子を、ユリティアは冷え切った視線で見つめるのだった。

 そして、ユリティアは言い放つ。


「――魔人が人間如きの命乞いに、耳を貸すと思いますか?」


 ――グシャ。

 肉がひしゃげる音と共に、"最後の目撃者"の命が断ち切られる。


 かくして、深夜の魔の森イービルウッズで繰り広げられた血の惨劇は、頭領のギルザを含む、暗殺ユニオン"イレブン・ナイヴス"の全滅によって幕を下ろしたのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る