24.「剣聖少女と勇者の本? そして夕食は終わり、夜がやって来る」

 ――そして、女神さまが"向こうの世界"へと帰って行った後。

 リゼはしばらく、ぼんやりと考え事をしていたのだった。


(トーヤ君と、ハーレム……)


 その言葉を頭に思い浮かべるだけで、リゼは思わず赤面してしまう。

 しかし、それも仕方のないことだった。

 なぜなら……リゼの頭に思い浮かんでいたのは、勇者と彼を取り巻く女の子たちの、『大人の官能シーン』の数々だったのだから……。


 『勇者物語』を題材にしたこの作品――文学的な文体で、魔王討伐の冒険と、そこで出会った女の子たちとのラブロマンスを中心に、物語は進んでいくのだが……

 何よりリゼを困らせたのが、合間合間に挟まれる、濡れ場シーンの数々だった。


 この作品、普段は至って真面目なのだが、その手のことになると、この作者は余程筆が進むのか――物語が進む度に、ノリノリで勇者と女の子たちの絡みが描写されていくのだ。

 真面目に勇者について学ぼうとするリゼだったが、しかしそれ見せられる度に、リゼは赤面してしまう。


 何だかいけない本を読んでいる気がして、夜中にコッソリ隠れて読み進めるリゼだったが……そのせいで、余計にいけない気持ちになってしまうのだった。


(っ……! 別に、恥ずかしがる必要なんて、ないわ。ただ、勇者の勉強をしてるだけ、なんだもの……)


 ――しかしリゼは、知る由もなかった。


 その本が、あのが偽名を使って書き記したもので、ハーレムも濡れ場シーンも、全て彼女の『趣味』に過ぎないということを……。


 リゼがうっかりその本を手に取ってしまったのも、当のニトラ学院長が職権乱用して、学院の備品として全部屋に備え付けさせていたせいだということを……。


 そして、何より――ハーレム自体が、全てリゼの壮大な勘違いに過ぎないということを――リゼは、知る由もなかったのであった。



  ◇



 そして一方で、リゼが悶々とハーレムについて葛藤をしていた、その横では。


「……すみません、お代わりをお願いします」


 騎士のアンリが、料理のお代わりをユリティアに頼んでいたのだった。

 食べるのも、騎士としての修行の内……とは言うものの、彼女の大食いは、ただ単に食欲旺盛なだけと言えなくもない。


「相変わらず、アンリさんはよく食べるんですね」

「ええ、食べるのも、修行の内ですから」


 木の皿に料理を装って貰ったアンリは、再び美味しそうに料理を食べ始める。

 やはり、素晴らしい料理だ……美味しい料理を作れる人は、尊敬に値する。


 騎士としては優等生のアンリだったが、昔から料理だけは苦手科目だった。

 騎士の下積み時代、まかない料理を作らされることもあったが……そのあまりに壊滅的な腕前に、一日で担当を外されてしまうほど。

 犠牲者となった騎士の先輩は、一口食べただけで泡を吹いて倒れてしまった。

 その先輩曰く、「……地獄のような味だった。見た目は良いのに、なんで……」と、恐ろしい物を見たように絶句していた。


 ……それ以来、アンリは一度も厨房には入れてもらえていない。

 もう一度リベンジしたいと意気込んではいるのだが……その度に、同期と先輩から必死に止められてしまうアンリだった。


「相変わらずの腕前ですね。それで、貴女は食べないのですか? ユリティア殿」

「高貴なる騎士さまからそう言って頂けるなんて、光栄ですわ。ただ……私は味見でお腹いっぱいになりましたので」

「……そうですか」


 ふむ、なるほど。味見で食べ過ぎたのか、それならば仕方がない。

 しかし……ユリティアとはこの旅で長らく一緒だったはずなのに、彼女が物を食べている所を見たことがないのは、何故だろう?

 それがメイドというもの、なのだろうか……ふとそんなことを考えながら、アンリはモグモグと、美味しく料理を食べ続けるのだった……。



  ◇



 …………。


 そして――皆が美味しい料理を楽しんでいる、その後ろでは……。


「…………」


 ユリティアがメイドとして、静かに直立不動で主人リゼの後ろに立っていた。

 主人の目の前で物を食べるなど、メイドとして無作法というもの。

 今回は『護衛』が任務とはいえ、メイドとしての本分も守るつもりだった。


 両手を前に重ねて、お淑やかな佇まいで、メイドとして振る舞う。

 しかし一方で……意味深な視線をリゼに向けるのだった。


(リゼ・トワイライト……救世の勇者とは聞いていましたが、確かに凡百の勇者では無さそうですね……。【剣聖】の異能……なるほど、始祖以来ですか。彼女ならば、『魔王城』に蔓延はびこる悪鬼羅刹どもを駆逐出来るかも知れません)


 そしてユリティアは、静かに面を伏せる。そこには既に、先ほど見せた鋭い眼光は、霞の如く消え去っていた。


 ――かくして"オアシス"での夕食は、つつがなく終わりを告げ。

 やがて魔の森イービルウッズは、漆黒の夜を迎えるのだった……。

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