15.「トンネルを抜けると、そこは"オアシス"でした。そして現れる、森の洋館。」

 それからしばらく、馬車での旅は続いた。

 時刻はそろそろ、三時頃になるだろうか。

 この分だと……おそらく"オアシス"に着くのは、夕方前になるだろう。


 そして相変わらず、窓の外の世界は異様な光景だった。

 窓の向こうに、タワーのように高くそびえる巨大な大樹が見える。

 ……突き抜ける程にデカい。そんな大樹が、ぽつぽつとこの森に点在していた。


 ――瘴気の影響で、異常発達した大樹。

 そして、それらの間を埋めるようにして、小さな木――と言っても、外の世界の基準では十分に大木と言えるであろう木々が、下界の森を形成している。


 ――グワァーア、グワァーア!

 上空を飛び回る、瘴気を吸い魔物化した怪鳥――その鳴き声が聞こえてくる。


 二つの頭を持った、その巨大な怪鳥は……片方のクチバシで、捕らえた獲物(おそらく地上の魔物だろう)を咥えながら、天空を大樹の方角へと飛んでゆき――大樹の枝の上に着地すると、そこに作られた巣の中へと獲物を運び込む。


 あの鳥一つ取っても、カルネアデスの塔の番人級の力を持っているに違いない。

 魔の森イービルウッズ……相変わらず、規格外の生態系だ……。


 そんな魔の森イービルウッズの中を、僕たちを乗せた馬車は"オアシス"を目指しひた走る。 

 そして馬車は、瘴気が渦巻き、見通しが悪い森の中……朽ちて倒れた大木の、『巨大なうろのトンネル』の中へと突入したのだった。

 どうやらこの先に、くだんの"オアシス"というものがあるらしい。


「な、何が起こったのだっ!? 真っ暗で、何も見えないぞっ!?」


 辺りが突然真っ暗になり、レオエレナは慌てふためく。

 そんなレオの隣で、僕は冷静に分析すると、レオに伝えるのだった。


「これは……多分、倒れた木の洞の中に入ったんじゃないかな」


 暗殺者という仕事柄、僕は夜目が"かなり"効く方だ。

 だから窓の向こうを見て、すぐにあの壁が『木』で出来ていることが分かったのだけれど……


 それにしても、流石は魔の森イービルウッズ

 信じられないような光景が、次から次へとやって来る……。


 そしてリゼも、僕の言葉に納得したように、ボソッと呟く。


「ふぅん……なら、差し詰め、『天然のトンネル』ってとこね……」

「二人とも、冷静だな……とにかく、この暗さをどうにかするのが先決だな。確か、この馬車には灯りが備え付けられていたような……」


『――その必要はないみたいだよっ。もうすぐに、出口みたいだから』


 レオの言葉にかぶせるように、僕の頭の中でギブリールの声が響き渡る。

 ギブリールを見ると、どうやら彼女は霊体の身体を活かして、馬車の壁から上半身だけを出して外の様子を見ているらしかった。


 なるほど、霊体の身体って、そう使えるんだ。かなり便利だな……

 ……しかしそれにしても、今のギブリール……壁から下半身だけが生えているみたいで、すごくシュールな光景だった。


 まるで小さい穴を通り抜けようとして、嵌って抜け出せなくなったような……

 いやいや、流石に失礼すぎるでしょうっ! ……けど、そうは言っても、何度見ても、それ・・にしか見えなくて。


 ギブリールが履いているのは、可愛らしいスカートだった。

 そこから、すらっとした透き通るような生足が覗いている。


 ……こう見てみると、何だかすごいエッチな光景と言えなくもない。

 何だか、イケないモノを見ているような……

 ――って、何考えているんだ僕はっ!


 そして、そんなことを考えているうちに――ギブリールの言葉通り、馬車はトンネルを抜けて、世界は再び光を取り戻す。

 するとそこには、さっきまで僕たちがいた魔の森イービルウッズとは、違う世界が広がっていたのだった。


 ……木が、デカくない。

 それに、目に見えて瘴気が薄くなっているような……。


 ――間違いなく、そこは僕たちの知る、『普通の森』だった。


「これが、"オアシス"というものか……! なるほど、普通の森だな……」

「……へぇ、ここって、普通の動物もいるのね」


 リゼとレオは、雰囲気が一変した窓の外を見つめながら、口々に呟く。

 確かにリゼの言う通り、先ほどまで影も形もなかった小動物たちが、この"オアシス"にはその姿を見せていた。


 小さな森の中という、箱庭のように限られたスポットではあるが――そこには確かに、外の世界と同じ生態系が息づいていた。


 確かに、ここなら……魔物の脅威を心配することなく、夜を越せそうだ。

 


 そして、一方その頃。

 御者席では、スィーファが地図を片手に感嘆の声を上げていた。


「おお……! これが、"オアシス"……確かに、さっきとは全然ちゃう……!」


 スィーファの属する獣人族は他の種族と比べ、視力が飛び抜けて良いとはいえ……瘴気で視界が遮られる中、馬車を操るというハードな仕事をこなしていた。

 しかしそれが一転、瘴気が晴れ、透き通るような森の中を目にしたのだ。

 スィーファは思わず、感動のため息まで漏らしてしまっていた。

 

「この地図の言う通りやっ。この先に"オアシス"があるって書いてあったけど……ほんまやったんやな……! この地図さまさまやっ」


 スィーファは思わず嬉しくなって、手にした地図に頬ずりしてしまう。

 全部、この地図のおかげや……! すんすん、古い紙の、いいにおいがする……。


 そしてスィーファは、改めて手綱を握ると、馬車を停める場所を探す。

 確かこの"オアシス"には……魔の森イービルウッズを探索するための、拠点があったはず。


 そしてスィーファは、森の向こうにそれを見つけるのだった。

 ――森の中に佇む、古い洋館の姿を……。

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