14.「忍び寄る、暗殺者の魔の手。そして僕たちは"オアシス"へ向かう」
…………。
そして、トーヤたちが乗る馬車が出発してから、しばらくして――。
トーヤたちが去って、もぬけの殻となった
なめした牛革のジャケットに身を包んだ、その
――彼こそが、魔寄せの香を仕掛けた、『王宮雇われ』の暗殺者。
――暗殺ユニオン"イレヴン・ナイヴス"の頭領、ギルザであった。
「どうやら不発だったみてぇだな。チッ、『魔物を使ってぶっ殺し』作戦は失敗か……」
そしてギルザは、後からやって来た部下の痩せぎすの男に、大声で問い掛ける。
「おい、
「……うっす、勇者学院から王都へ向かう三人組ッスね」
「『ガキを殺せ』か……貴族どもも、澄ました顔して、相変わらずエゲツねぇ仕事を回しやがるぜ」
――ま、これも仕事だ。
ガキだろうが何だろうが、殺せと言われれば殺すのが『俺達の仕事』だからな。
そしてギルザはゆっくりと歩み始めると、戦場跡の真ん中で屈みこむ。
やがて地面と睨めっこをしながら、うんうんと頷くのだった。
「
「親方、分かるんですか?」
「ったりめえだろ! 俺ぐらいになると、戦場の痕跡から戦いを推測するのも余裕よ」
そしてギルザは、じっくりと目を凝らす。
頭上から一太刀で、バッサリと、か……。
こいつは正面から戦ったら、"人間"には勝ち目はないな……。
――ま、だからこそ、俺達のような"人でなし"が必要ってわけだがな。
「"レジェンド級"が一匹、"エピック級"が一匹、"コモン級"が一匹……レジェンドって奴がチョイと未知数だが、残りの二人は想定の範囲内だ」
そしてギルザは辺りを見回すと、ニタリと笑みを浮かべる。
「しかし、とんでもねぇ奴らだぜ。……魔物の気配を全く感じねェ。ここいら一帯の魔物を全部狩り尽くしやがった」
魔寄せの香で集めた魔物は、相当な数だったハズ。
しかしそれすらも、一匹残らず倒してのけるとは……!
ガキとはいえ、侮れねえ相手って訳だ。
ククッ……だからこそ、狩り甲斐があるってもんだ。
そして、剥き出しの牙を覗かせながら、部下たちに向かって宣言するのだった。
「野郎ども、次の
◇
そして、一方、その頃――。
トーヤたちが乗る馬車は、
オアシス――
それは
複数のダンジョンを内包しているという地理的要因から、
そして瘴気は、海流のように一定の方向に流れる性質を持っているのだが……
当然瘴気は存在しない以上、そこには魔物は寄ってこない。
そこで先人たちは、複合ダンジョンの中に『安全地帯』を見つけ、そこを中継地点として、先へ進んで行く……という方法を編み出した。
そして――やがてそこは、砂漠の中にある、水が湧き、樹木が生える
――という訳で、馬車は"オアシス"に向かって走っていたのだけれども……。
「…………」
馬車の中に流れる、気まずい沈黙。
かなり長い時間……僕が馬車に戻ってからずっと、レオは顔を真っ赤にして黙り込んでいるのだった。
原因は、明白だった。
『リゼ……色々ツッコミたい所はあるが、一つだけ、言わせてもらうっ……『私がマゾ』という前提で話を進めるなあっ!』
僕が馬車の中に入ったと同時にレオが叫んだ、その言葉……。
おそらくレオとリゼ、女子同士の会話の弾みで出た言葉、なのだろうが……。
『……ねえねえトーヤくん、『マゾ』ってなに?』
そんな中ギブリールが、無邪気な顔をして僕に聞いてくるのだった。
ギブリールは霊体ということで座る必要がないらしく、今も僕の前をふわふわと浮かんでいる。
しかし、とんでもないことを聞いてくるなぁ……。
どうやら天使のギブリールには、こういった人間の文化はかなり疎いらしい。
しかし、『マゾ』ってどう説明すればいいんだろう。地味に説明が難しいぞ?
そして僕は、無い知恵を必死に絞って、ギブリールに説明する。
(僕も専門家じゃないから、詳しくは分からないけど……確か、『辱めや屈辱的な扱いを受けることで、逆に興奮したりする人』……みたいな意味だったと思う)
僕は言葉を口に出さず、脳内でギブリールと会話する。
チャンネルが繋がっていると、念じるだけで言葉が通じるらしい。すごい便利。
『ふーん、つまり、このレオって人は、『トーヤくんに虐められたいよー』って思ってたのがバレちゃったんだ』
ギブリールが、ぼそりと呟く。そして僕は、驚くのだった。
……! その発想はなかった。
けど、確かに。マゾだということを知られただけにしては、レオの反応は大げさ過ぎな気がするのも事実……。
こうなってくると、さっきまで考えていた、『人の性癖は、人それぞれですから……』なんて台詞も、むしろ逆効果に思えてきた……!
そしてギブリールも、何やら考え込んでいる様子。
『けど……だったらボクも、マゾ、なのかな? ボクも塔でトーヤくんに刺された時、すっごくゾクゾクして、気持ちが良かったし……』
ギブリールは、うんうんと納得したように頷く。
いや、ギブリールさん? 流石にそれは、マゾという次元を色々飛び越えちゃってるような気が……。
……とにかく、これで方針は決定した。
"触らぬ神に祟りなし"。東の国の、古い格言である。
とにかく話題を変えて、まるで何もなかったかのように振舞うのだ。
それがきっと、一番、精神衛生上に良い……
そして僕は、とにかく空気を変えるために、さっき見つけた『魔寄せの香』のことを、リゼとレオに打ち明ける。
思惑通り、リゼとレオは食いついてくれた。
「『魔寄せの香』……! なるほど、あの魔物の群れは、それが原因だったということか……! だが、一体誰がそんなことを……?」
「それはまだ、分かりません。ただ……向こうに僕たちのルートが割れている以上、『王宮の誰か』の差し金で、間違いないかと思います……!」
一変してシリアスな雰囲気に包まれた馬車の中で、レオは深く考え込む。
リゼも、何やらしばらく考え込んでいたが……やがて、口を開いた。
「ふぅん……それってつまり、誰かが私たちを狙った、ってことよね?」
「多分、そうだと思います」
「犯人は『王宮の誰か』。なら……王都へ行けば、何か分かるんじゃないかしら」
リゼらしい、シンプルな答えだった。
ただ……僕たちには、それしか方法がないというのも事実。
リゼの言葉に、レオも頷く。
「確かに、それもそうだな……! だが、向こうも黙ってはいないと思うぞ?」
「それなら、斬り伏せればいいだけ。でしょう? トーヤくん」
リゼの言葉に、僕は頷く。
向こうが殺す気で来る以上、僕たちも覚悟を決めて迎え撃つしかない。
――殺るか、殺られるか。そんな覚悟を胸に抱きつつ、僕たちを乗せた馬車は、静かに"オアシス"へと向かうのだった……。
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