14.「忍び寄る、暗殺者の魔の手。そして僕たちは"オアシス"へ向かう」

 …………。


 そして、トーヤたちが乗る馬車が出発してから、しばらくして――。

 トーヤたちが去って、もぬけの殻となった魔の森イービルウッズのジャイアントボアとの戦場跡に、一人の男が現れる。


 なめした牛革のジャケットに身を包んだ、その野性的ワイルドな銀髪の男は……険のある顔つきで、その戦場跡をジッと見つめる。


 ――彼こそが、魔寄せの香を仕掛けた、『王宮雇われ』の暗殺者。

 ――暗殺ユニオン"イレヴン・ナイヴス"の頭領、ギルザであった。


「どうやら不発だったみてぇだな。チッ、『魔物を使ってぶっ殺し』作戦は失敗か……」


 そしてギルザは、後からやって来た部下の痩せぎすの男に、大声で問い掛ける。


「おい、標的ターゲットは確か、ガキだったよなァ?」

「……うっす、勇者学院から王都へ向かう三人組ッスね」


「『ガキを殺せ』か……貴族どもも、澄ました顔して、相変わらずエゲツねぇ仕事を回しやがるぜ」


 ――ま、これも仕事だ。

 ガキだろうが何だろうが、殺せと言われれば殺すのが『俺達の仕事』だからな。


 そしてギルザはゆっくりと歩み始めると、戦場跡の真ん中で屈みこむ。

 やがて地面と睨めっこをしながら、うんうんと頷くのだった。


異常個体ミュータントのジャイアントボアが一撃か……コイツが例の"剣聖"だな?」

「親方、分かるんですか?」

「ったりめえだろ! 俺ぐらいになると、戦場の痕跡から戦いを推測するのも余裕よ」


 そしてギルザは、じっくりと目を凝らす。

 頭上から一太刀で、バッサリと、か……。

 こいつは正面から戦ったら、"人間"には勝ち目はないな……。


 ――ま、だからこそ、俺達のような"人でなし"が必要ってわけだがな。


「"レジェンド級"が一匹、"エピック級"が一匹、"コモン級"が一匹……レジェンドって奴がチョイと未知数だが、残りの二人は想定の範囲内だ」


 そしてギルザは辺りを見回すと、ニタリと笑みを浮かべる。


「しかし、とんでもねぇ奴らだぜ。……魔物の気配を全く感じねェ。ここいら一帯の魔物を全部狩り尽くしやがった」


 魔寄せの香で集めた魔物は、相当な数だったハズ。

 しかしそれすらも、一匹残らず倒してのけるとは……!

 ガキとはいえ、侮れねえ相手って訳だ。


 ククッ……だからこそ、狩り甲斐があるってもんだ。

 そして、剥き出しの牙を覗かせながら、部下たちに向かって宣言するのだった。


「野郎ども、次の襲撃アタックは夜だ! クク、今から楽しみだぜ……!」



  ◇



 そして、一方、その頃――。


 トーヤたちが乗る馬車は、魔の森イービルウッズの中を、中継地点の"オアシス"を目指して、道無き道を突き進んでいた。


 オアシス――

 それは魔の森イービルウッズの中にある、数少ない『安全地帯』である。


 複数のダンジョンを内包しているという地理的要因から、魔の森イービルウッズには、魔物のエネルギー源である瘴気が大量に漂っている。

 

 そして瘴気は、海流のように一定の方向に流れる性質を持っているのだが……

 魔の森イービルウッズのような複合ダンジョンにおいては、稀に瘴気の流れを外れ、"瘴気が届かない空間"が形成されることがあるのだ。

 当然瘴気は存在しない以上、そこには魔物は寄ってこない。


 魔の森イービルウッズのような巨大な空間を、一日で踏破することは困難だ。

 そこで先人たちは、複合ダンジョンの中に『安全地帯』を見つけ、そこを中継地点として、先へ進んで行く……という方法を編み出した。


 そして――やがてそこは、砂漠の中にある、水が湧き、樹木が生える恵みの土地オアシスになぞらえて、"オアシス"と呼ばれるようになったのである。



 ――という訳で、馬車は"オアシス"に向かって走っていたのだけれども……。


「…………」


 馬車の中に流れる、気まずい沈黙。

 かなり長い時間……僕が馬車に戻ってからずっと、レオは顔を真っ赤にして黙り込んでいるのだった。


 原因は、明白だった。


『リゼ……色々ツッコミたい所はあるが、一つだけ、言わせてもらうっ……『私がマゾ』という前提で話を進めるなあっ!』


 僕が馬車の中に入ったと同時にレオが叫んだ、その言葉……。

 おそらくレオとリゼ、女子同士の会話の弾みで出た言葉、なのだろうが……。


『……ねえねえトーヤくん、『マゾ』ってなに?』


 そんな中ギブリールが、無邪気な顔をして僕に聞いてくるのだった。

 ギブリールは霊体ということで座る必要がないらしく、今も僕の前をふわふわと浮かんでいる。


 しかし、とんでもないことを聞いてくるなぁ……。

 どうやら天使のギブリールには、こういった人間の文化はかなり疎いらしい。


 しかし、『マゾ』ってどう説明すればいいんだろう。地味に説明が難しいぞ?

 そして僕は、無い知恵を必死に絞って、ギブリールに説明する。


(僕も専門家じゃないから、詳しくは分からないけど……確か、『辱めや屈辱的な扱いを受けることで、逆に興奮したりする人』……みたいな意味だったと思う)


 僕は言葉を口に出さず、脳内でギブリールと会話する。

 チャンネルが繋がっていると、念じるだけで言葉が通じるらしい。すごい便利。


『ふーん、つまり、このレオって人は、『トーヤくんに虐められたいよー』って思ってたのがバレちゃったんだ』


 ギブリールが、ぼそりと呟く。そして僕は、驚くのだった。


 ……! その発想はなかった。

 けど、確かに。マゾだということを知られただけにしては、レオの反応は大げさ過ぎな気がするのも事実……。


 こうなってくると、さっきまで考えていた、『人の性癖は、人それぞれですから……』なんて台詞も、むしろ逆効果に思えてきた……!


 そしてギブリールも、何やら考え込んでいる様子。


『けど……だったらボクも、マゾ、なのかな? ボクも塔でトーヤくんに刺された時、すっごくゾクゾクして、気持ちが良かったし……』 


 ギブリールは、うんうんと納得したように頷く。

 いや、ギブリールさん? 流石にそれは、マゾという次元を色々飛び越えちゃってるような気が……。

 

 ……とにかく、これで方針は決定した。

 "触らぬ神に祟りなし"。東の国の、古い格言である。


 とにかく話題を変えて、まるで何もなかったかのように振舞うのだ。

 それがきっと、一番、精神衛生上に良い……


 そして僕は、とにかく空気を変えるために、さっき見つけた『魔寄せの香』のことを、リゼとレオに打ち明ける。

 思惑通り、リゼとレオは食いついてくれた。


「『魔寄せの香』……! なるほど、あの魔物の群れは、それが原因だったということか……! だが、一体誰がそんなことを……?」

「それはまだ、分かりません。ただ……向こうに僕たちのルートが割れている以上、『王宮の誰か』の差し金で、間違いないかと思います……!」


 一変してシリアスな雰囲気に包まれた馬車の中で、レオは深く考え込む。

 リゼも、何やらしばらく考え込んでいたが……やがて、口を開いた。


「ふぅん……それってつまり、誰かが私たちを狙った、ってことよね?」

「多分、そうだと思います」

「犯人は『王宮の誰か』。なら……王都へ行けば、何か分かるんじゃないかしら」


 リゼらしい、シンプルな答えだった。

 ただ……僕たちには、それしか方法がないというのも事実。

 リゼの言葉に、レオも頷く。


「確かに、それもそうだな……! だが、向こうも黙ってはいないと思うぞ?」

「それなら、斬り伏せればいいだけ。でしょう? トーヤくん」


 リゼの言葉に、僕は頷く。

 向こうが殺す気で来る以上、僕たちも覚悟を決めて迎え撃つしかない。


 ――殺るか、殺られるか。そんな覚悟を胸に抱きつつ、僕たちを乗せた馬車は、静かに"オアシス"へと向かうのだった……。

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