20.「かつての『仲間』と、レオの"けじめ"」

 ……かつて、ある老人が言った。


 ――この世の中、貴族ほど『格』に執着している者はおりますまいて……。


 それは、ある意味事実であろう。『血筋』やら『伝統』やら『格式』やら……あらゆる美辞麗句レトリックを駆使して、己が欲望を正当化する、権力に魅せられた怪物たち――それが、貴族なのだから。


 レオがリーダーを務めるアークフォルテ班には、様々な思惑を持った、四人の貴族の少年少女が集まることになった。

 ヴィンセント・グレイも、その一人だった。


「いいかヴィンセント、どんな手を使ってでも、アイツと仲良くするんだッ。グレイ家の命運は、お前にかかってるんだぞッ」


 何かに取り憑かれたかのように痩せ細った男が、ヴィンセントに言い含める。

 それは、カルネアデス王立異能学院の入学式典が終わってすぐのことだった。


 グレイ家は古い貴族の家柄で、かつてはハイレア級以上の異能者を多数排出し、有力貴族の一角として数えられていたものの――近年は異能者自体数えるほどしか排出できていない、いわゆる『没落貴族』と呼ばれる一族だった。


 何としてでも、かつての栄華を取り戻す――どんな手段を使ってでも。

 当主であるヴィンセントの父親は、権力に取り憑かれた亡霊と化していた。


 一方でヴィンセントは、そんな父を面倒くさそうな眼で見つめていた。

 正直家のことなんて、かったるいとしか思っていない。

 彼の関心は既に、久々の王都で買う、上玉の女たちへと向けられていた――。



 そして、入学後。

 ヴィンセントは父の言いつけ通り、レオへと接近する。

 裏で汚い手を使い、時には周りを蹴落としながら、ヴィンセントはレオの『親衛隊』としての立場を確立させていくのだった。


 ――へっ、ちょろいもんだぜ。


 レオの側で甘い汁をすすりながらも、しかしヴィンセントは心の中で、レオを小馬鹿にしていた。後に大きなしっぺ返しを食らうとは、思いもせずに……。


(ケッ、ちょっと実力があるからって調子に乗りやがって、この理想主義の甘ちゃん坊主がよっ。俺たちは、貴族なんだぜ? 面倒ごとなんて、全部平民どもに押し付けりゃいいだろうが……! どうしてこの俺が、塔の最前線まで行って、危ない目に遭わなきゃいけねーんだよッ)


 どす黒い邪悪を腹の内に飲み込んで、ヴィンセントはレオの仲間を装い続ける。

 まあいいさ。いくらアイツが甘ちゃんのボンボンだろうが、使い道はある。

 アイツのおかげで部隊費だって、遊びに使い放題だしよォ……!


 なんと班に支給される部隊費を、ヴィンセント達は使い込んでいたのだ。

 しかもレオは金が減ったことに気付いても、彼らのことを欠片も疑いもしない。

 とんだ甘ちゃん野郎だよ、アイツは……!


 ハハッ、親父もいい金づるカモを見つけたもんだぜ……!

 ヴィンセントはこれで、将来は安泰だと高をくくっていた――。


 ――今日、この日までは。



  ◇



 バタンッ!

 勢いよく開け放たれたドアの音に、ヴィンセント達はビックリした様子で、慌ててドアの方を振り返る。

 部隊室ルームの入り口に立っていたのは、他でもないレオ・アークフォルテ本人だった。

 悪口を言い合っていた張本人の登場で、思わず腰を抜かす四人だったが――直後、自分たちがやらかしてしまったことに気付き、慌てて取り繕う。


「げっ、レオッ!? いや、これは違うんだっ! ほら、その……あれだよ、ちょっとした冗談でさっ!」

「そっ、そうだよっ! レオ、俺達があんなこと、マジで言う訳ないだろっ!?」

「な、何で黙ってんだよ……? あんなの、ただのジョークじゃんか!」

「そうよそうよ! 疑うなんて酷いわ! 私達、仲間でしょっ!?」



(……哀れだな。こんな奴らを『仲間』だと思っていたのか、私は……)


 怒りよりまず、ため息がこぼれてしまう。

 それほどまでに、哀れとでも言うしかないくらいの必死ぶりだった。

 こんな奴らにを感じていた、私が馬鹿だった……。


 その人の人柄を知りたければ、その場に居ない人間に対して、何を言うかを見ろ――という、古い格言を思い出す。


 その上、部隊費の使い込みまで発覚して、こうも易々と開き直れるとは……。

 俗物も俗物だな、君達は。

 『ノブリスオブリージュ』。きっと彼らは、こんな言葉も知らないのだろう。

 これだったら、トーヤやリゼの方が、よっぽど貴族の名に相応しい。

 このような輩が『貴族』を名乗っているとは、この国も堕ちたものだ……。


 ……とにかく、こんな奴らとは、早く手を切ってしまうに限るな。

 そしてレオは、高らかに宣言する。



「君達とは、縁を切らせてもらおう」

「アークフォルテ班も解散だ」



 レオの言葉を聞いて、ヴィンセント達四人の顔が、見る見る青ざめていく。


 ――班の解散。


 それはレオに縁を切られるのに匹敵するぐらい、彼らにとって致命的なことなのだから……。


「おい、待ってくれよ……! 俺達と縁を切る……? それに、班を解散って……解散だと確か、カルネアデスの塔の記録レコードは消えるんじゃなかったか!?」

「つまり……卒業も出来ないし、勇者にもなれないってことじゃねーか!?」

「やべぇよ……卒業すら出来ないなんて、親父に殺される……!」

「こんなの横暴よ! せめて班は残して行きなさいっ!」


「フン、それはお前達の都合だろう? 私の知ったことではないな。それに……学院を卒業したければ、塔を登り直せばいい」


 半ばヒステリックになった四人に対し、レオは四人を嘲笑うかのように、彼らをばっさりと切り捨てる。

 レオの正論に、しかしヴィンセント達四人は、歯噛みしながら言うのだった。


「くっ……俺達にそんな実力、あると思うか……!?」

「敵だって、ほとんどお前に任せきりだったしな……」


 元々アークフォルテ班は、レオのワンマンチーム。

 塔の攻略も殆どレオがこなし、残りの四人はただレオに付いて行っただけ……。

 レオ抜きであれば、序盤の第五層まで辿り着ければいいところというのが、彼らの真の実力だったのだ。


「……なら、分を弁えるべきだったな。とにかく――私は学院に戻って来たとしても、もう君達と班を組むつもりはない。君達とは、ここでおさらばだ」


 そう言って、レオは凍えるほど冷たい視線を四人に向ける。

 しかしそんなレオに対して、ヴィンセント達は逆上するのだった。


「……だったら、テメェだけでも潰してやる……! クソみたいなコモン異能に負けるくらいなんだ、異能者四人がかりでやれば――ガはッ!」


 まさに、一瞬だった。

 全部言い終らないうちに、組み伏せられる"元"アークフォルテの四人。

 圧倒的な、戦闘経験の差……。

 どんなにレアな異能を持っていようと、埋められない実力差がそこにはあった。


「全く、これでは弱い者いじめじゃないか……くだらない。私に痛めつける趣味は無いから、これくらいにしておくが……これに懲りたら、真っ当に努力することだ。それと……ヴィンセント」


 レオは床に倒れ込むヴィンセントを、見下ろして言う。


「君に一つ、教えておこう。……トーヤと戦って、思い知らされたものだ。私はまだまだ、『井の中の蛙』だってね。彼との戦いは、それほど衝撃だった……ふふっ、君達には関係の無い話だったな。すまない。彼のことになると、ついつい饒舌になってしまう。悪い癖だな……」


 そして呆然とするヴィンセント達四人を残して、足早に部隊室を立ち去るのだった……。


 そして、四人は理解する。

 もはや、全てが取り返しのつかないのだと……。


「――クソッ!」


 ヴィンセントは床を思い切り叩きつけながら、叫び声を上げる。

 そして残りのメンバー達も、絶望の表情で口々に呟くのだった。


「おい、どうするよ? 塔での実績を見込んでたから、座学の講義も全然出てねぇ……!」

「俺もだ……」

「そんな、嘘でしょ? 周りにも『勇者決定』って言い触らしちゃったのよ? どう顔向けすればいいのよ……」

「クソッ、こんなはずじゃなかったのに……これから一体、どうすりゃいいんだっ……!」


 レオの居ない部隊室に、ヴィンセント達の怨嗟の声が木霊する。

 まさに、自業自得……。


 その後彼ら四人は、学院を卒業できず、実家にも勘当され、落ちぶれてゆく。

 そして一切、『レオ・アークフォルテ』と関わることはなかったのだった――。

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