21.「リゼの決意と、三人の、新たなる旅立ち。そして、王都へ――」

 そして、アークフォルテ班の四人が『死刑宣告』を受けてから、数分後――。

 レオは軽やかな足取りで、学院の部室棟から外へ出てきたのだった。


「うむ! これ以上ない、爽やかな青空だ」


 晴れやかな青い空。この空の色に負けないぐらい、清々しい気分だった。


 例えるならば、そうだな……一週間鬱々と降り続けた雨が、ようやく明けた日の朝――久々の朝の日差しを全身に浴びながら、雨上がりの小鳥の囀りを聞きつつ、庭先で紅茶を嗜んでいる時のような。


 ふふっ、少し大げさだったかもしれないな。でもまあ、それくらい爽快な気分だったという事だ。


 ……それにしてもあの四人、私に見放されてしまって、これからどうするつもりなのだろうか? 

 これから心を入れ替えて、真っ当に努力出来るのならいいのだが……長年染みついた習慣は、簡単には拭い去れないものだ。


 もし学院を卒業できなければ、おそらく"傭兵"行きだろう。

 しかし、貴族の子息としてぬくぬくと生きてきた彼らに、傭兵として"泥臭く"生きる覚悟があるとは思えないのだが……。


 しかし、これは私の悪い癖だな。あの四人は私のことを騙していたというのに――ついつい彼らのことを心配してしまう。

 普通なら、よくも私のことを裏切ったな! ……なんて、怒るところなのだろうが……ふっ、どうやら私は、底抜けのお人好しのようだ。


 だが――自分から足を踏み外した人間に心を痛めていては、キリがない。

 彼らが生まれつき恵まれていたことは、紛れもない事実なのだ。世の中には、その日の食事にすら困っている人たちがいる。そんな人たちと比べれば……

 あの四人がどんな悲惨な末路を迎えたところで、それは自業自得――同情するだけ無駄というものだ。


「……あれっ、レオじゃないか。どうして部室棟なんかに」


 レオは、声がしてきた方向を振り返る。そこにはちょうど部室棟の前に通りかかったらしい、トーヤ・アーモンドが手を振っていた。

 そしてその隣で、リゼ・トワイライトがこちらをジッと見つめている。

 

 なるほど、なんともちょうどいい所で二人と出くわしたものだ。

 レオは少し早足になり、少し離れた通路で待っている二人の元に合流する。


「おはよう、レオ。部室棟に何か用事でもあったの?」

「ん? ああ、少しをね。ま、君が気にするほどのことじゃないさ。……そんなことより、今日から『王都行き』だろう?」


 そう言ってレオは立ち止まると、トーヤとリゼに向かって言う。


「トーヤ・アーモンド。そしてリゼ・トワイライト。改めて、私はエレオノーラ・アークフォルテだ。……よろしく、二人とも」



  ◇



 そして僕たち三人は、学院の門へと向かったのだが……。


 そこには既に、あの・・ニトラ学院長が待っていた。

 大きな門の前で、腕組みしながら何やら考えている様子だったが、僕たちを見つけると、小さな身体でぴょこぴょこと跳ねながらこちらに手を振ってくる。


「おー、よく来たのう、三人とも! 今日は快晴、絶好の門出日和じゃっ! ……ってトーヤ坊、何を身構えておるのじゃ……?」

「……な、何でもありませんよ、あはは……」


 僕は愛想笑いを浮かべながら、何とか取り繕う。

 昨日僕は、貴女に薬を盛られて襲われたんですよ? そりゃあ、身構えもしますよ! ……なんて、レオとリゼがいる手前、言えない……。


 しかしそんな僕の様子を見て、ニトラ学院長はニヤリとほくそ笑む。

 そして僕に近づくと、コッソリと耳打ちする。

 僕を肘で小突きながら、ニトラ学院長は愉しそうに僕のことを弄るのだった。


「ん~? まさかお主、気まずいなんて思っておるのか~♡ ククッ、思ったより初心じゃのう♡ 安心せい、昨日のことは、一夜限りじゃ」


「もっとも、儂はお主が望むなら、拒みはしないがの……♡」

「っ…………!」


 思わず僕は、ドキリとしてしまう。

 


 そして……そんなこんなで、僕たちは門の前で、王都からの迎えの馬車を待つことになったのだが。


 王都へ旅立つ僕たちのことを、ウェイン班の皆が見送りに来てくれた。

 そびえたつ城壁、そして開け放たれた城門を背に、僕は別れの挨拶を交わす。

 ただ一人……ガルムだけは、この場に来ていないみたいだったけれど。


「まったく……ガルム先輩は、素直じゃないんだから」


 そう言ってレヴィが、ため息をつく。

 そして何やら懐から取り出すと、僕に向かって差し出すのだった。


「トーヤ先輩! これ、『』お守りに渡して欲しいって頼まれてたんです」


 わざわざ『』と強調して、レヴィはそのお守りを僕に手渡す。

 見た目は何か、動物の牙で作られた工芸品のようだが……?

 けれど、じっくりと眺めているうちに、僕はその正体に気付くのだった。


 ――まさかこれって、"聖獣の牙"で出来たネックレス……!?


 確か伝承によれば、『聖獣の牙は万病を祓う』。すり潰して薬にすれば、どんな傷も癒すと言い伝えられているはず……。

 その薬効の高さと、全く市場に出回らない入手難易度の高さから、好事家たちの間で"言い値"で取引されているのだとか。


 こんな貴重な物を、僕が貰ってもいいんだろうか。

 しかし遠慮する僕に、レヴィはニッコリ笑顔で僕に押し付ける。


「遠慮なく貰っちゃってくださいっ。あ、ガルム先輩は『いいか、俺からのプレゼントだって黙っとけよ、レヴィ!』なんて釘を刺してましたけど、どうせガルム先輩はここには居ないんだし、へーきへーきっ。って事で――この事は、ここだけの話、ですからね?」


 そう言ってレヴィは、悪戯っぽくウィンクをするのだった。



 一方、その頃。

 トーヤ達から少し離れて、リゼがニトラ学院長から声を掛けられていた。

 ニトラ学院長は後ろ手を組み、リゼの顔を覗き込むように見つめている。


「さて、そろそろ出発の時刻じゃが……どうじゃ、【剣聖】よ。勇者になる覚悟は出来たかの?」

「…………」


 勇者になる、覚悟――。

 リゼは、ジッと無言でニトラ学院長を見つめ返す。

 ニトラ学院長は、なおもリゼに向かって語り掛けるのだった。


「お主を見ていて、不思議だったのじゃ。この学院の門を潜る者は、決まって『夢』だとか、『野心』だとか、『欲望』だとか、『理想』だとか……腹の中に煮えたぎる何かを抱いて、この学院へやって来る。しかし……お主からは、そのような物は何も見えぬ。クックック、それどころか、『勇者になるつもりはない、あの厄介女神に会いに来ただけ』と言うではないか」


 そう言って、ニトラ学院長は愉快そうに笑うのだった。


 リゼは、初めてのこの学院に来た時のことを思い出す。

 早く目の前の塔に登りたいのに、学院の奥に連れられて、そしてこの『ジル・ニトラ学院長』に面会させられたのだ。


 すぐにでも塔の用事を済ませたかったリゼは、早々に会話を切り上げて、足早に事務棟へと向かい、そこでトーヤと出会ったのだが……。


「勇者業は過酷じゃ。下らぬ野心や欲望でも良い、何か縋るものが無ければ、やってられぬじゃろうな。……果たして『何もない』お主に、務まるかのう?」


 ニトラ学院長はどこか意地悪な顔で、リゼに問う。

 そしてリゼは、ようやく口を開いたのだった。


「あなたの言う通り、私は勇者になろうなんて、一度も思ったことなんかなかった。……トーヤくんから話を聞いて、益々勇者にはと思ったわ。けど……私は、勇者を目指す、トーヤくんと一緒に居たい。その為なら……"勇者"を演じるぐらい、私にも出来る」


「ククッ……どうやらお主、あのトーヤ坊に相当入れ込んでいるようじゃの♡」

「っ……!」

「良い良い、好いた男子おのこと一緒に居たい、今のお主なら、それで十分じゃ。……それにあやつなら、のお主でも『満足』させられるじゃろうしの♡」


 そう言って、ニヤニヤと笑うニトラ学院長。

 それにムッとしたリゼが、何かを言い返そうとした、ちょうどその時――馬のいななきと共に、校門の前に馬車が現れたのだった。


 王都からの出迎え、というやつだろう。僕たちの前に馬車が停まると、馬車の扉が開き、一人のメイド服姿の女性が降りてくる。

 そしてリゼの姿を見つけると、深々と優雅に一礼するのだった。


「【剣聖】のリゼ様ですね? 王都よりお迎えに上がりました。これよりリゼ様の従者を務めさせて頂く、侍女ユリティアになります」


 その立ち振る舞いからは、只者ではない雰囲気を感じさせた。


 レオ、リゼ、トーヤの三人は、メイドのユリティアに促されるがまま、馬車へと乗り込む。窓の外で、ウェイン班の皆が手を振ってくれていた。僕も手を振り返す。しかしそんな彼らの姿も、段々と小さくなっていく。


 とうとう、僕たちの王都への旅が始まったのだ。



 ――『魔王を守れ』という、女神の神託。そして、ギルドからの暗殺命令。


 様々な思惑が蠢く中、僕たちが乗る馬車は、土煙を上げて王都へと進んでゆく。


 この時僕たちは知る由もなかった。

 王都を揺るがす巨大な陰謀が、今まさに、動きつつあるということを……。




 ――カルネアデス学院編 完


 To be continued ……

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