13.「大切な『トモダチ』」

 ガヤガヤと活気溢れる、パーティ会場のど真ん中で……。

 トーヤの姿を目の前にして、ガルム・フォーセシアは逡巡しゅんじゅんしていた。


 ここに来る前までは、祝いの言葉の一つでも掛けてやろうなんて思っていた。

 なのに――いざその時になってみると、どうしても一歩が踏み出せない。

 なにせ、アイツを班から追い出したのは、他でもない自分なのだ。


(クソッ、今更どんな顔してアイツの前にでりゃあいいんだよ……!)


 ガルムは柄にもなく、ウジウジと悩んでいたのだったが……。


「ククッ、青春しておるのぉ〜♡」


 何やら背後から声が聞こえてくる。振り返ると、そこには真紅のローブを身に纏った小柄な少女が立っていたのだった。


 ……この学院、関係者以外立ち入り禁止なんじゃなかったのか?

 どう見ても関係者には見えないその"幼女"を前にして、ガルムは訝しむ。

 その銀髪の"幼女"は、ニヤニヤと愉しそうにガルムの顔を覗き込んでいた。


 なんなんだコイツ……。げっ、これは、酒の匂い……!?

 いいや、それだけじゃねー。なんだ、この匂いは……!?


 目の前の"幼女"は、どう高く見積もっても、十歳そこそこにしか見えない。

 にもかかわらず――ガルムの嗅覚・・は、強烈な違和感を訴えていた。


 【獣人ビースト】の異能アークを持つガルムだからこそ捉えることが出来た、"強烈な違和感"。

 繊細な香水の香り、そして酒飲み特有の、強烈な酒くささ。


 その中に紛れて、微かに匂い立つ、成熟した大人の匂い。

 いわゆる、である――!


 一体、なんなんだ、コイツ……! 俺の鼻がイカレやがったのか……!?

 クンクン……やっぱり、俺の嗅覚には何の異常もない。

 じゃあ目の前のコレは、一体どういうことなんだ……!?

 どう見てもちびっ子のコイツから、何でこんな匂いがするんだよっ……!


 混乱するガルムに対し、"幼女"は悪い笑顔で言い放つのだった。


「クックックッ……お主も彼奴きゃつらを祝いに来たのじゃろう? じゃったら……そんなところで突っ立っておらんで、ドーンと前に出るがよいっ!」


 ――バシンッ! ガルムは勢いよく、幼女に背中を叩かれる。

 なんだコイツ、見た目以上に力があるぞっ……!

 そして不意を突かれたガルムは、思わず前につんのめってしまう。


「――わわっ! このっ、何しやがる――ッ」

「クックックッ、頑張るのじゃぞ~」


 背後から聞こえる、面白がるような"幼女"の声。

 そしてガルムは、押し出されるような形でトーヤの前に飛び出すのだった。



  ◇



 勢いよくトーヤの前に現れた、褐色、金髪の少女――ガルム。

 そしてそんなガルムを追うようにして、他のウェイン班の面々も、僕の前までやって来たのだった。


 みんな、来てくれたんだ……!


 正直みんなの姿が見れて、凄く嬉しかった。

 学院に入学してからずっと、一緒に過ごしてきた仲間――そして何より、僕にとっては初めてできた、"普通の友達"だったから……。


 班をクビになったことも、承知の上。

 と言うよりも、トーヤはクビにされたからといって、全く気にしていなかった。

 なんせ……暗殺者時代、仲間に命を狙われることもしょっちゅうだったし……。

 それも、裏切りとかでは全然なくって、ただの挨拶代わりに殺しに来るのだ。

 よく考えれば、とんでもない人生を送ってるな、僕って……。


 どうやらウェイン班のみんなは、僕のことを祝いに来てくれたらしい。

 真っ先に来てくれたガルムは、なぜか瞳孔を開いて、になっている。

 そんなガルムに代わって、まずはウェインが僕に声を掛けて来たのだった。


「まずは僕から、おめでとう、トーヤ」

「おめでとうございます、トーヤ先輩!」

「うむ。おめでとう、トーヤ君」


 続けてレヴィとミーシャが祝いの言葉を投げかけてくる。

 しかしただ一人ガルムだけは押し黙ったまま、口をつぐんでいたのだった。


「あれれ~、どうしたんですか、ガルム先輩~?」


 レヴィが悪戯っぽくガルムを追い詰める。

 そして、ようやくガルムは振り絞るかのように、口を開くのだった。


「っ……! ……おめでとう。フン、これでいいんだろっ」


 ガルムはそう言って、ぷいっとそっぽを向く。

 やっぱり、ガルムらしい。僕は何故かそんなガルムを見て、ほっこりした。


「うん、ありがとう、みんな。来てくれて、嬉しいよ」


 僕はウェイン班のみんなに、改めて感謝を伝える。

 しかしガルムは、そんな僕の態度が何故か気に入らない様子で。

 僕に向けて、言うのだった。


「相変わらず、てめーのことは分かんねぇ……。クビにしたのは俺達だってのに、どうしててめーはそうやって、俺のことを笑顔で迎えられるんだ……?」


「えっと……友達だから、かな?」

「っ……!」


 そんな言葉が、僕の口から自然と出ていた。

 僕の言葉に、ガルムはビックリしたように驚いている。

 そして僕をまっすぐ見れないという様子で、僕から目を逸らすのだった。


「……チッ、精々頑張りやがれ」

「あはは、こう見えて、ガルムなりに後悔してたんですよ」

「っ、違げーよ! 余計なことを言うな、ミーシャ!」


 ガルムは恥ずかしそうな様子で、ミーシャのことを怒鳴るのだった。

 流石のコンビネーション。うん、ガルムはやっぱりこれぐらい元気な方がいい。

 そしてガルムはビシッと僕の方を指差し、大声で宣言する。


「――待ってろよ、絶対追いついてやるからな!」


 それだけを言い残し、ガルムはパーティ会場の向こうへ走っていったのだった。

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