06.「剣聖少女と男装少女で……両手に花?」
ざわざわ……。
食堂の立食エリアは騒然としていた。
何やらリゼを巡って口論があったらしいと、集まってきた野次馬たち。
そしてそこに
中には、昨日の僕とレオの決闘のことを知っている人もいたようで、もしや、昨日の再現か!? と乱闘を期待して、囃し立てる者もいたのだった。
そんな喧騒の中で、レオは値踏みするような視線でリゼを見つめる。
「フン、君がリゼ・トワイライトか……」
「…………」
リゼは無言で見つめ返す。突然現れた乱入者に、警戒心を隠さない様子だった。
二人の間に、ピリピリと張り詰めるような、緊迫した空気が流れる。
そんな二人の間で、僕は一人、やきもきしていたのだった。
……これは、良くない雰囲気だ。
レオが何しに来たのかは知らないけれど、別に喧嘩を売りに来た訳じゃないはず。なぜか二人とも、お互いに対抗心を燃やしているというか、何か張り合っているような雰囲気だけども……。
別に、ここで喧嘩をする必要はないはずなんだ。
こうなったら、僕が間を取り持つしかない……!
とりあえず、まずはリゼに、レオを警戒する必要はないと伝えないと……!
そして僕は前に出ると、リゼにレオを紹介する。
「リゼ、レオは僕の友達なんだ。こう見えて、
「――っ! あーあー! 聞こえない、聞こえない――!」
しかしレオは慌てて大声を出すと、僕の言葉を遮ってくる。そして僕を引っ張ると、血相を変えて、コソコソと小声で僕に話しかけて来たのだった。
「……トーヤ・アーモンド! とんでもないことをしてくれるな、君はっ……! 私が女だということは、誰にも言えない秘密なんだっ」
あ……。
ついうっかり口を滑らせてしまったことに、僕は気が付く。
わざわざ女性であることを隠して男装をしているということは、レオには何か、深い訳があるということで……。
僕はもう少しで、それをおじゃんにしてしまう所だったのだ。
僕は慌てて、レオに謝る。
「ごめん、レオ……! わざとじゃないんだ。つい口が滑って……」
「言い訳は無用だっ。もし次に、口を滑らせるようなことがあったら……今度はその身で、『責任』を取ってもらうからなっ……!」
そう言ってレオは、バチバチと電撃を鳴らして、僕を脅してくる。
目が、怖い。これは、本気で
そんなレオに、僕はぶんぶんと頷くことしか出来なかったのだった……。
――そして、その後。
「すまない、少し取り乱してしまったようだ。……私は、このトーヤ・アーモンドの"友人"の、レオ・アークフォルテ。よろしく、リゼ・トワイライト嬢」
「……よろしく」
挨拶を交わす二人。
先ほどまでのピリピリとした空気は、いつの間にか消えてしまっていた。
リゼも、取り乱した様子のレオを見て、警戒するのが馬鹿らしくなったらしい。
口数こそ少ないものの、レオに対する敵意は、今は微塵も感じられない。
「それで、君たち二人でカルネアデスの塔を踏破した、というのは本当なのか?」
「……ええ。そうよ」
レオの問いに、リゼが答える。
「やはり、嘘ではなかったのだな。全く、命知らずにもほどがある……」
レオは、少し呆れたように呟く。
命知らず、か……。それはまあ、確かに否定できない。
冷静に考えれば、たった二人でカルネアデスの塔を攻略するなんて、有り得ない話だ。それに僕たちの場合、殆どソロで攻略しているわけだし……。
でも、これを言ったらさすがに引かれるだろうから、黙っておくことにする。
「……それで、僕たちに用って何ですか?」
そろそろ本題の話が気になった僕は、話題を変えるついでにレオに訊ねる。
レオは一瞬、ちらりと周りを見渡すと、僕たちに向けて言った。
「君たちに、学院長から呼び出しだ。……ここは人目が多い。詳しいことは、移動しながら話そう」
「一応聞いておくけど、僕たちに拒否権があったりは?」
「……しないな。いい加減観念して、私と一緒に来い」
僕は最後に振り返ると、名残惜しげに、絶品料理に目を向ける。
……はぁ。正直、まだ全然、食べたりないんだけどな……。
けれどもレオは、そんな僕の手を引っ張ると、食堂の外へと連行するのだった。
◇
レオに連れられて、学院の敷地を歩くことしばらく。
僕たちが今いるのは、学院の中枢、『カルネアデス会館』の一階廊下。
学院長室はこの建物の最上階だから、この階段を登ればすぐそこというわけだ。
詳しいことは、移動しながら話そう――という言葉通り、ここに来るまでの道中に、レオは僕たちに色々なことを話してくれた。
まずは、僕たちの扱いについて。
カルネアデスの塔を踏破した僕たちだが、ひとまず卒業扱いになるそうだ。
本来ならば、学院に用意されたカリキュラムを全て受けた上で、カルネアデスの塔の到達状況を見て卒業に値するかを決定するのがこの学院のシステムである。
カルネアデスの塔を踏破した僕たちは、その点、文句のつけどころがない。
問題は、僕たちに残りの学院のカリキュラムを受けさせるか否かであるが……。
ここで、学院の教職員たちの意見が紛糾したらしい。
『あの塔を踏破したのだから、もはや我々に教えられることはない』という意見もあれば、『勇者としての実力は優れていても、彼らはまだ未熟な若者なのだ。カリキュラムを徹底するべき』という意見もあり、両者拮抗していたという。
夜通し議論が交わされる中で、最後は『戦場での実戦に勝る経験はない。彼らを学院に拘束せず、自由にやらせるがよい』という学院長の鶴の一声で、卒業が決定――僕たちは正式に勇者として認定されることが決まったという。
そして、"聖女"による勇者認定式も実施される予定らしい。
本来この勇者認定式は、冬の卒業の時期に、学院の卒業生をまとめて行われるのが通例で、たった二人に対して行われることは非常に稀なこと。
それほど僕たちは特別扱いされている、ということだ。
「そして、君たちの扱いについてだが……君たち二人は、近々、王宮に招かれることになるだろう」
なおも、レオが続ける。
なるほど、王宮か……。ん? 王宮……?
僕はレオの言葉に、一瞬考え込む。
"王宮"って、王族が住んでいる宮殿のことだよな……?
えーっと、つまり、それって……。僕たちは、国賓扱いってこと……?
あまりに現実感が無さ過ぎて、理解が中々追いつかない。頭がパンクしそうだ。
しかしそんな僕とは対照的に、レオは何やら腹立たしげな様子だった。
「王都のお偉い方も、君たち二人を何とか取り込もうと、今頃躍起になって策を巡らせている最中だろうな。……フン、全く下らない」
そう言って、忌々しそうに吐き捨てる。
そういえばレオは、名家の出身だっけ。そして、この反応……。
もしかしたら、レオは王都に嫌な思い出があるのかもしれない。
そしてレオは黙り込む。
どうやら、これで話すことは全て話し終えたらしい。
しばらく無言で歩いていた僕たち三人だったが……やがて、思い出したかのようにレオが口を開いた。
「それにしても……君は相当な女たらしなんだな」
そう言ってレオは、ジト目で見つめてくる。
急に話題が変わって、困惑する僕。
えっと、僕に言ってるんだよな。女たらし……。全然、心当たりがない。
別にリゼとは普通に接しているだけだし、一体、何のことだろう?
「女たらしって……えっと、何の話ですか?」
「まさか、自覚がないのか? これは、相当な重症だな……」
そこまで言われるほどなのか、僕って……。
レオの言葉に軽く落ち込んでいた僕だったが、しばらくして最上階に到着する。
すぐ目の前に、大きな扉が見える。
扉に掛けられたパネルには、大きく『学院長室』の文字が並んでいた。
ここが、学院長室か……。
そしてレオは、扉をノックする。
「……入ってよいぞ」
部屋の中から、若々しい女性の声が聞こえてくる。
そういえば……学院長って女性だったんだ。初めて知らされる、新事実。
学院長といえば、入学式にも顔を出さなかったし、生徒の前にほとんど姿を見せないせいで、幽霊なんじゃないかと噂が立つくらい都市伝説的な存在だった。
確か名前は、『ジル・ニトラ』学院長だっけ。
一体、どんな人なんだろう?
僕はレオに続いて、リゼと一緒に学院長室に入室する。
「ようこそ学院長室へ。儂がこのカルネアデスの長、ジル・ニトラじゃ」
僕たちを出迎えたのは、褐色肌の、眼鏡を掛けた、小さな子供だった。
……どう見ても、ロリっ娘にしか見えないんだけど……。
この人が、学院長……? 学院長の娘さんとかでなく?
「……師匠はダークエルフなんだ」
困惑する僕たちに、レオが耳打ちする。
ダークエルフ……! なるほど、そういうことか……!
ようやく僕は納得する。
エルフ族は外見上、歳を取らない。
ただ、人間と同じように、高齢になると背が縮んでゆく。
つまり、この子供にも見えるダークエルフの女性は、かなりの年齢のはず……!
一見、ただのちびっ子にも見えるニトラ学院長だったが……注意して観察してみれば、確かに立ち振る舞いにもどこか老成した雰囲気が漂っている。
「詳しいことは、レオ坊から聞いたことじゃろう。それでどうじゃ? 堅苦しいことは抜きにして、ゆるりと語り合うというのは。……のう、『
ニトラ学院長は僕を
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