03.「リゼとの立食デート。そして……」

 目の前に並べられた、絶品料理の数々。

 これだけの料理を前にして、ジッとしていられる僕たちではなかった。


 それでは、お言葉に甘えて……。

 早速皿を手に取ると、立食ビュッフェ形式スタイルで、僕とリゼは料理を堪能することにした。


 沢山のテーブルに、料理が盛られた皿がずらりと並べられている。

 そして、そんなテーブルの島々を歩き回り、各々が好きなように料理を取り分けて食べていい――というのが、この立食ビュッフェの醍醐味だ。


 小さめに切り分けられた料理は、その場で食すも良し、皿に載せておいて、後でゆっくり味わうも良し。

 もし料理がなくなっても、すぐに料理人さんがやって来て、出来立ての料理を補充してくれる。


 好きなように食べれて、しかも美味しい――。

 そんな場所が人気にならない訳もなく、食堂の立食ビュッフェエリアは、今日も学院の生徒たちで賑わっているのだった。


 そしてそんな中、僕とリゼは皿を片手に、テーブルを渡り歩いていた。


 正直、どの料理も美味しそうで、目移りしてしまう。

 人だかりができているテーブルを見に行ったり、逆に、穴場を探したり。

 その場で料理をしてくれるテーブルもあって、見ているだけでも楽しかった。


「……なんだか、お祭りの屋台みたいね」


 ジュウジュウと、鉄板の上で焼かれる肉を眺めながら、リゼが呟く。

 リゼも口数こそ少ないものの、楽しんでいる様子だった。


 お祭りの屋台、か……。

 そういった華やかな場所には、僕は今まで全く縁のない人生を送って来たから、あまり実感が湧かないけれど……

 きっと、楽しい所なんだろうな――と、僕は見知らぬ世界へ、思いを馳せる。


 そしていい具合に肉が焼き上がると、料理人の手で手早く切り分けられ――食べやすいようにと串に刺して、皿の上に載せてもらった。


 ……もぐもぐと料理を頬張るリゼの姿は、小動物みたいで、とても可愛い。


 ――と、ついついリゼの横顔に見惚れてしまいがちな僕だったけれど、僕は僕で、きちんと絶品料理を堪能していた。


 肉、肉、肉! ……となりがちな所を、ちゃんと野菜でバランスを取りつつ。

 気になった料理は皿の上に載せて確保しながら、大皿を片手に、好きなように盛り付ける。


 けれど……ただ、お皿の上に載せました、というのも面白くない。

 折角自分で好きなように盛り付けられるのだから、凝った盛り付けをしてみるのも一興、というものではないだろうか。


 ――という訳で、盛り付けてみたのが、この皿である。


 食材の高低にメリハリをつけて、立体感を演出。

 皿いっぱいに盛り付けるのではなく、上手に余白を使い、品のある一皿に。

 色彩にも気を配り、例えば赤みを残した"レアのビーフ"には、"ゆでたまごボイルドエッグ"(黄)と"ほうれん草のパスタ"(緑)を添えてみる。


 ……うん。少し時間が掛かったけれど、我ながらいい出来だ!

 

 それじゃあ、満足したことだし、次のテーブルに移ろうか。

 そして僕は、後ろを振り返る。しかし――


「……えーっと、リゼさん?」

 

 シーン……。

 残念ながら、僕の問いかけに、答える者はない。

 えっと……少し前まで、確かにリゼは、そこにいたんだけれど……。


 さっきまでいたはずのリゼの姿が、どこにも見当たらない。

 そうか……僕はうっかり忘れていた。

 リゼには、一人でフラフラと、どこかへ行ってしまう癖があるんだった!


 実際そのせいで、カルネアデスの塔でも、何度も置いていかれてしまっている。

 まさか食堂で、置いていかれるなんて思っても見なかったけれど……。


 あのリゼのことだ。何か面倒ごとに巻き込まれてしまうのも、十分にあり得る。

 とにかく、リゼを探そう。

 そして僕はテーブルを離れると、急いでリゼを探しに行くのだった。



  ◇



「なあなあ、リゼちゃんよぉ。あんな落ちこぼれなんか放って置いて、俺と一緒に楽しもうぜ?」

「……」


 そうやってリゼに声を掛けてきたのは、チャラチャラとした男子生徒だ。

 リゼは無視を貫くが、それでも男は執拗にリゼのことをつきまとってくる。

 すごく、しつこい。トーヤくんとはぐれて・・・・から、リゼは何人かの男子に声を掛けられていたのだが……全員リゼの無愛想つっけんどんな態度を見て、諦めてしまった。


 そして、しばらくは一人で静かに、美味しい料理を堪能出来ていたのだが……。

 そんな所に、この男は現れたのだった。


 こっちの事情はお構いなしに、ずけずけと近づいてきて、話しかけてくる。

 馴れ馴れしい態度の裏に隠された、よこしまな視線を、リゼは見逃さなかった。

 ……下心が、丸出しね。少しは隠す努力でもすれば良いのに。


「はぁ……。全く、下らない。ハッキリ言わないと、分からないのかしら……」


 リゼは大きくため息をつくと、男の浮ついた顔を睨みつけ、キッパリと言う。


「興味ないから、消えて。いい加減、目障りだわ」


 どうやらリゼの一言は、男にクリティカルヒットしたようだった。

 ヘラヘラしていたチャラ男の顔が、次第に怒りで真っ赤に染まっていく。

 ……全く、いい気味ね。そうしてリゼは、男の様子を眺めていたのだが。


「――クソがッ! こっちが下手に出れば、つけ上がりやがって。消えろだァ? このド貧乳・・・がよォ!」


「……っ!」


 ピクッ。それまで無表情だったリゼが、ピクピクと眉を引き攣らせる。

 たった、一言。リゼを怒らせるには、その一言で十分だった。


 この世の中には、絶対に言ってはならない言葉というものが存在する――。

 その言葉を口にしたが最後、殺されても決して文句は言えない――。


「ど、ド貧乳・・・……!?」 


 コンプレックスである"小さな胸"を馬鹿にされて、冷静でいられるはずもなく。

 リゼは、怒りでわなわなと震え出す。


 まさに、一触即発の状況。


 ……どうやら、手遅れだったみたいだ。

 ようやくリゼに追いついた僕は、手に持ったお皿をその辺のテーブルの隅に置くと、急いでリゼの元に駆けつける。


 そして、僕の目に映ったのは――

 尾を踏まれ激昂するライオンリゼと、それに気づかない野兎チャラ男の姿だった。


 これは……かなり、マズい状況なのではないだろうか……!


 僕は、目の前の男と対面する。

 両耳にピアスを付けた、いかにもチャラそうな見た目の男だった。

 なるほど……どうやらリゼに、このチャラ男が絡んできたというわけか。


 しかし、それにしてもこの男――怖いもの知らずにもほどがある。


 ゾクリ……。鳥肌が立つ感覚。今まで経験したどんな戦場よりも、生きた心地がしない。【剣聖リゼ】が怒るということは、それだけ恐ろしいことなのだ。


 しかし、実力に差があり過ぎたようだ。

 哀れなことにこの男、自分が死地にいることにすら気づいていない。

 もし引くつもりがないようならば、このままだと、血を見ることになるな……。


 僕は何とか『最悪の事態』を避けるため、頭をフル回転させていたのだが……。


「あぁん!? 落ちこぼれ風情が、この俺に楯突こうってのか?」


 そんな僕の気も知らないで、チャラ男が僕に向かってメンチを切ってくる。

 全く、随分な言い草だ。一応僕は、君を助けようと動いているのに……。


 正直、僕にとってはこんなもの、虚仮威こけおどしにすらならない。

 男の戦力は、既に測り終えた。僕ならば、五秒もかからずに素手で制圧できる。

 こんな男より、むしろ……リゼの方が気になる。


 胸を馬鹿にすれば、ドラゴンすら問答無用だもんな……あれは誤解だったけど。

 ……こんなことで、リゼの手を汚すわけにはいかない。


 とにかく、リゼの気を引けさえすればいいんだ。

 どうでもいいことを、全部忘れさせるくらい……!


 僕は覚悟を決めると、グイッと、リゼの体を引き寄せる。

 至近距離で、リゼと目が合う。突然の出来事に、リゼは目を丸くしていた。

 ごめん、リゼ……! 


 そして――それから数秒間、僕とリゼは口づけを交わした。


 最初こそリゼも戸惑っていた様子だったけれど……

 やがて僕を受け入れると、初々しい様子で、ちゅっ、ちゅっと、甘えるようにキスを返してくる。


 僕たちの突然のキスに、チャラ男はあんぐりと大口を開けて唖然としていた。

 そうだな……

 二度とリゼに付きまとわないように、存分に見せつけてやるとしよう。


 そして……キスを終えたリゼは、どこか熱っぽい目をしていた。

 とりあえず、これでリゼも、を忘れてくれたハズ……!


 後は、最後のダメ押しだ。

 僕は真っすぐチャラ男を見据え、ただ一言、言い放つ。


「……引いてくれますか? 僕とリゼは、なので」


 ――これが、決定打だった。


「クソがっ、ああ分かったよ……畜生っ、覚えてやがれっ」


 男は小さく舌打ちすると、イラついた様子で僕たち二人から顔を背け――そのまま、食堂の向こうへ消えて行ったのだった。

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