02.「食堂にて。えーっと、リゼさん? みんなが見てるんですけど……」

 ざわざわ……


 学院の生徒たちで賑わう朝の食堂は、ざわめいていた。

 そして――そんなざわめきの中心に、リゼと僕はいた。


 年季の入った長テーブルがいくつも立ち並ぶ、歴史ある大食堂である。

 広々とした縦長の大空間で、食堂として、そんなに天井を高くする必要はあるのだろうか……と思ってしまうぐらい高い天井には、豪華絢爛、キラキラと美しいシャンデリアがいくつも下げられている。


 初めて来たときは、間違えて教会にでも来てしまったのかと不安になったっけ。

 そんな大聖堂――もとい大食堂は、朝の時間帯ということで、朝食を食べに来た学院の生徒たちでごった返していたのだが……。


 ジロジロと、こちらを窺う視線を感じる。

 僕たちがしたことと言えば、ただ食堂の中に入っただけ、なんだけどな……。

 別に、なにをした、という訳でもない。

 にもかかわらず、僕とリゼの二人は、食堂中の生徒から注目を浴びていた。


 ハッ。まさか……また、ゴルギース伯爵の嫌がらせかっ!?

 そう言えば昨日、悪い噂を流されて、周りから避けられるようになった……なんてことがあったけれども。


 でも……なんだか、その時とは感じが違う気がする。

 避けられているというよりは、むしろ、好奇の視線……?


 ……なるほど、そういうことか。

 そして、僕は気付く。

 注目されているのは僕じゃなく、その隣――リゼだということに。


 よくよく見渡せば、僕たちに反応しているのは、男子生徒ばかり。


「誰だよあのすっげー美少女!?」

「レジェンドの異能持ちだってさ」

「すげーな、始祖サマの再来かよ」

「カルネアデスの塔の最上階まで登ったらしいぜ」



「「――で、何でそんな人があの落ちこぼれと一緒にいるんだ?」」



 そこかしこから、学院の生徒(主に男子)のひそひそ声が聞こえてくる。

 そのほとんどが、リゼに対する興味と、そのリゼの隣にいる僕をねたむ声だった。


 なにせ、うちの学院は、男女比が2:1。世代によって異能者の男女比は移り変わるとはいえ、僕らの世代は近年でも、特に男子が多い世代となっている。


 つまり……うちの男子生徒はみな、出会いに飢えている。

 そんな中で、転入生の美少女と、いち早く仲良くなった男子がいたとしたら――

 これ以上は、言わなくても分かるだろう。

 僕は今、めちゃくちゃ嫉妬されている、ということだ。


「クソッ、なんて羨ましいヤツなんだ。コモン異能のくせに……!」


 男子生徒の、ギラギラした視線が突き刺さる。

 あはは、これはちょっと、ツラいなぁ……。

 いやまあ、僕は殺気とかには慣れっこだから、全然大丈夫だけど……普通の生徒だったら、泣き出すまであるんじゃないか、これ。


 ……しかし、それにしても。もうリゼのことが広まっているのか。

 リゼがカルネアデスの塔を踏破したことも、既にみんな知っているようだし。

 耳が早いというか、何というか。しかしその割には、僕の話は広まっていないみたいなんだよな。一応僕も、あのカルネアデスの塔を踏破したんだけど……。


 と、その時。食堂の入り口付近で、不意にリゼが立ち止まる。

 ん? 一体、どうしたんだろう。そして、僕も一緒に立ち止まったのだが……。


「……そういえば。体調のほうは、大丈夫?」


 ぴとっ。


「……ふぅん、熱はないみたいね」


 僕は突然の出来事に、しばしの間呆気に取られる。

 しかしすぐに、何が起こったのか脳が認識し始めたのだった。


 そう。紛れもなく、あのリゼが。

 僕に近づいたかと思うと、おでこをぴったりと、くっつけてきたのである……!


 いや確かに、体温を測るには、最適な方法ではあるけれども……!

 リゼの行動は、さらに男子生徒たちの嫉妬を煽る結果となったのだった。


 ざわざわ、ざわざわ……


 食堂内のざわめきが、一層強くなる。

 ……なんだろう。

 男子生徒全員から、一斉に殺意の視線を向けられたような気が……。


 しかし、その一方で。

 肝心の、リゼ本人はといえば……。


「……騒々しい。ここって、いつもこうなの?」


 周りの視線を気にするどころか、一切の興味すら示さず、そう呟くリゼ。

 えーっと、リゼさん? 

 騒々しい原因の、たぶん九割以上は、あなたにあると思うんですけど……。

 そんなことも露知らずに、リゼは涼しい顔をして食堂を歩いている。


 きっとリゼ本人は、自覚無しでやってるんだろうな……。

 ああ見えてリゼは、天然なところがあるから。だからこそ、質が悪いというか。


 ……これは、気の抜けない朝食になりそうだ。

 頭をよぎる悪い予感に、僕は内心、覚悟を決めるのであった……。



  ◇



 そして僕たち二人は、食堂の奥へと進み。立食ビュッフェエリアの前に立っていた。


 やっぱり、いつ見ても圧倒されるな。この眺めは……!

 僕は目の前に繰り広げられる絶景に、思わず息を飲む。


 立ち並ぶテーブル。

 そこには、ご自由にどうぞとばかりに沢山の料理が並べられていた。


 国中から集められた一流の料理人シェフが生み出す、珠玉の芸術料理の数々。

 牛。豚。羊。とりかも家鴨あひる

 魚もあれば、貝だって、カニだってある。

 ぽつんと置かれた野菜と果実のサラダは、まるでオアシスのよう。

 皿上を彩るのは、選りすぐりの最高級食材が奏でる、至福の絶品料理シンフォニーだ。

 古今東西、あらゆる料理が並ぶその様は、まるで料理の博覧会。


「……へえ。結構美味しそうね、これ」


 数ある料理の中で、リゼが最初に手にしたのは――ふかふかの生地に、チーズがふんだんに載せられた、シンプルなピッツァだった。

 リゼは手に取った一切れを、口に運ぶ。すると……


「はむっ……んっ、美味しい……」


 リゼは、まるでほっぺたが落ちそうなくらい美味しそうに、ピッツァを頬張る。

 そんなリゼの後ろから、一人、近づいてくる人影があった。

 がらがらがら、と車輪の鳴る音が聞こえてくる。


「ドウデス、美味シイでしょう? ココにある料理は全テ、キミ達、騎士ナイトノ卵ノ為二用意サレタモノデス。……存分二、味ワウと良イノデスヨ♪」


 白い厨房服コックコートに身を包み、出来立ての料理を運んでくる、褐色肌の美人女性。

 胸元の名札には、『レヴァリー料理長』の名前が刻まれていた。

 彼女は美味しそうに料理を食べるリゼを見て、にこやかに微笑みかける。


 レヴァリー料理長……。何度かここに通ってはいるけど、初めて見た……!

 さらさらとした金髪に、小麦色の、健康的で引き締まった肉体。

 そしてなにより、厨房服を押し上げるほどの巨乳。巨乳である!


 あー、えへん。……それは、ともかくとして。

 彼女の名前は、僕も聞いたことがあった。

 学院の料理長として、ではなく――『レヴァリー海賊団』の団長として、だが。


 ――レヴァリー海賊団。

 東の海、通称"イーストオーシャン"を牛耳る、一大海賊団である。


 元々は小さな漁船だったが、船のオーナーであるレヴァリーさんが、正義感で東の海を荒らしていく海賊たちを懲らしめていくうちに――

 いつの間にか周りの海賊を従え、大海賊団になってしまったのだとか。


 今では東の海の治安を守る自治組織として、王国から認められているというのだから、凄い話である。


 ……こんな有名人と出くわすなんて、さすがはカルネアデス、と言うしかない。

 海一つを支配する海賊団の団長を、一介の料理長として雇うなんて……さすが王立学院、スケールが違いすぎる。


「アナタ達ノ事は、ガクインチョーから聞イテイマス。アナタ達、ナンバーワン♡ ウーン、スゴイですネー♡」


 レヴァリーさんは感激した様子で、キラキラと目を輝かせる。

 

 しかし、それにしても……。

 ――厨房服コックコートに抑え付けられた双丘が、ぷるんと震える。


 ……デカい。とにかく、とんでもなくデカい。

 こんなに大きな胸が目の前にあったら、目で追ってしまうというのが、男子のさがというものだろう。


 しかし、リゼの手前、ガン見するわけにはいかないっ……! 

 僕は理性の力で、なんとかその引力に逆らい、目を逸らしつつ……その間にレヴァリーさんは料理を補充すると、再び厨房へと戻っていった。


「ソレデハ、楽シンデイッテクダサイネ♪」


 そして去り際、レヴァリーさんは僕たちに向かってウインクするのだった。

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