08.「新入生は見た。ワーウルフを狩る、二人の死神の姿を……」

【前書き】

ここで外見設定について少し。

(あくまでイメージ)


□トーヤ・アーモンド。

……金髪。巻き毛。童顔。中性的な少年。

傍から見ると、元暗殺者とは到底思えない無害そうな見た目。

が、たまに信じられないほど冷たい目をすることも。


□リゼ・トワイライト。

……ピンク髪。スレンダー。ミステリアス。大人びた雰囲気の美少女。

胸部装甲は控えめ。ソフィアさんの胸を見て「むっ……」となってたのは秘密。


……何となくのイメージです。それでは、本編をどうぞ。




 * * * * * *




 少し時は遡り、ワーウルフのスタンピードが発生する、少し前。

 第四階層『森林エリア』の一角で、まだ経験の浅い新入生たちが、チームを組んで魔物相手に交戦していた。


 少年少女が入り混じった、五人組だ。

 彼らはおのおのが異能を駆使して、ワーウルフに攻撃を仕掛けている。

 しかし、中でも目立っていたのが、前衛で剣を振るう赤髪の少年だった。


「うおおおお!!! 喰らえっ、【灼剣バーニングソード】!」


 赤髪の少年がそう叫ぶと、彼が持つ漆黒の剣は、燃え盛る炎をまとい始める。

 そして、これでとどめだと言わんばかりに、目の前のワーウルフに向かって勢いよく剣を振り下ろした。


「――グワァァァ!!」


 ワーウルフが断末魔の悲鳴を上げる。

 豪炎渦巻く灼熱の剣に体を引き裂かれ、ワーウルフは光の粒となって消滅した。


「やりましたね、ジンさん!」


 赤髪の少年に、後衛で戦っていたお下げ髪の少女が笑顔で駆け寄る。

 ジンと呼ばれた彼は、少女に向かって小さくガッツポーズした。


「ああ、やったな、これでワーウルフの討伐もクリアだ!」


 パン、と二人はハイタッチを交わす。


 そんな赤髪の少年だが、名前はジン・トレバースという。

 この新入生ばかりの班を率い、入学してわずか一月で第四階層までやって来た。

 かなりの有望株といってもいい。


 彼ら五人が出会ったのは、入学した直後のことだった。

 五人全員が平民の出身で、最初の演習で班の仮組みが一緒だった彼らは、会ってすぐに意気投合した。

 そして演習の終わりには、「俺たち五人で班を組んで、この学院を成り上がろう!」と誓い合うほどだった。


 そんな五人の仲間の中で自然と中心にいたのが、赤髪の少年、ジンだった。


 彼は辺境の寒村の出身で、そこにはよく魔物が出没していた。

 幼いながらもエピック級の異能である【灼剣】を発現したジンは、大人の傭兵たちに混ざってよく魔物の討伐に参加したものだ。


『やるなあ、若いの。お前なら勇者になれるかもしれねえな』


 若いジンが魔物たちを一刀両断する姿に、傭兵たちは目を丸くしていた。

 自信があった。魔物退治の実績もあった。

 周りにおだてられて、ジンはすっかりその気になっていた。


 『お前なら勇者になれる』と、村のみんなから後押しを受けて、学院の入学試験を受けた結果――見事合格。

 ジンは、勇者候補生となったのだった。


(俺には力がある。この力を使えば、俺は成り上がれる。活躍して偉くなって……この王都のど真ん中に、でっかい俺の銅像を建ててやるんだ)


 大きな野心を胸に抱え、ジンは学院に入学したのである。



 ワーウルフの討伐を終え、ジン班の五人は森の中で一息ついていたのだが。

 最初にその中の一人、丸坊主の少年が、森の異変に気付いた。


「ん? なんだあれ……。悪い、ちょっと様子を見てくるわ」


 そう言って何かを見つけた少年が、森の中に入って行き……すぐに戻ってくると、班のみんなに向かって声を上げる。


「おいみんな、マズいぞ、スタンピードだ!」


 スタンピード。その言葉が出た瞬間、班の空気が一変した。

 少年に連れられて、班の五人は森の中を静かに進む。


「あれを見ろっ。十、二十……。数えきれないほどのワーウルフが、こっちに向かってきているっ。ありゃあ、今の俺たちには手が負えないな……」


「ワーウルフがあんなに……。そ、そうですっ、今すぐ帰還門まで引き返しましょう! ここからなら、十分間に合う距離です!」


「そうだな……悔しいが、そうする他ない」


 班のみんなは、口々に後退を口にする。

 それも当然のことだ。なぜなら、彼ら五人は先ほどようやくワーウルフの単体を討伐したくらいなのだから。

 そんな彼らが、ワーウルフの大群に敵うわけがない。当然の判断だった。


 しかしジンは、一人別のものを見ていた。


「あの制服……。男の方は、二年生か」


 森の奥に、自分たちとは別の班の姿がチラリと見えたのだ。

 彼らは少年と少女の二人組らしい。彼らは俺たちとは逆方向、ワーウルフの群れに向かって走っていた。


 どうやらピンクの髪の少女のほうが、独断で前に進んでいっているようだ。金髪の少年は、必死に彼女の後ろを追いかけている。


 しかし、ちょっと無謀なんじゃないか?


 確かに一年上の上級生とはいっても、彼らはたった二人組。

 その上、少女の方はそれなりに戦えそうな雰囲気があるが、少年の方は遠目にも頼りなさそうに見える。


 果たして、大丈夫なんだろうか……?

 危なそうだったら、助太刀することも考えなければいけないな……。


 そんな心配をよそに、少年と少女の二人組はワーウルフの大群と接敵する。


 やはり、見ていられないな。俺が剣を抜こうとした、その瞬間。

 俺の心配が間違いだったことを思い知らされることになる。



異能アーク。――【剣聖ソードセイント】」



 その一言で……少女の白く、か細い手に、白銀に輝く剣が握られる。

 そして少女はそれを、ただ一振りした。


 単純な、一動作。剣士として、最も基本の動きである。


 けれど、少女にとってはそれだけで十分だった。

 なぜなら、たったそれだけの動きで……次の瞬間には、ワーウルフの上半身と下半身が綺麗に二つに分かれてしまったのだから。


 み、見えなかった……。

 あまりにも早すぎる剣捌きで、剣筋が全く見えない。ワーウルフが斬られた姿を見て、やっとそこに刃が通ったことが解るのである。


 光の粒子となって消えていくワーウルフを背に、少女はまた別のワーウルフに向かって剣を一振りする。

 あれほど俺たちが苦労して倒したワーウルフが、たったそのひと振りで絶命し、光の粒子となって消えてしまう。


 格が、違いすぎる……!

 少女の異能は、俺の【灼剣】の数段上。いや、それどころか、そもそも同じ異能として括ってもいいのか? と、それほどまでに絶対的な力の差が存在していた。


 か、怪物だ……! ジンには目前の少女が、とても同じ人間とは思えなかった。


 しかし――怪物はもう一人いた。


 少女の影に隠れて、一見頼りなさげにも見えた金髪の少年だが……

 少年は古めかしい剣を構えると、――ただ構えた剣を使って、ワーウルフの腕を斬りつけたのだ。


 異能だけが、魔物に対抗できる唯一の手段である――それが、この世界の常識。

 ただの剣だけで、魔物に敵うわけがない。


 しかし次の瞬間、ワーウルフの右腕は宙を舞っていた。

 そして、返す刀で金髪の少年はワーウルフの胴に向けてを放つ。


 これまでの常識が、粉々に打ち砕かれた瞬間だった。

 少年の斬撃は、ワーウルフの硬質の肉体を切り裂き――魔物の心核コアもろとも両断してしまったのだ。


 まさか、ありえない……! 

 異能を使うまでもなく、あのワーウルフを倒してのけるだって……!?


 俺の目には確かに、金髪の少年が、一閃でワーウルフを倒す様子が映っていた。

 しかし、『一閃』で……? その言葉にふと、俺は違和感を覚える。

 なぜかは分からない。でも、何か大事な見落としをしているように思えたのだ。


 俺は少年が剣を振るう瞬間、じっくりと目を凝らす。すると、その違和感の正体がはっきりと分かった。

 

 俺が一つの斬撃だと思っていたモノ、それが、わずかにブレて見えたのである。


 なぜそんな現象が起こるのか。思い当たる理由は、ひとつしかない。


「まさか、あの僅かな瞬間に、複数の斬撃を飛ばしてるっていうのか……?」


 それしか考えられない。三回か、四回か、五回か……その回数は分からないが、一瞬で同じ軌道で剣を打ち込んでいるせいで、一つの斬撃と見間違えたのだ。


 しかしその為には、圧倒的な剣速と、精密無比な剣捌きが必要になってくる。

 そんなこと、人間にできる物なのか……?


「おいジン、何やってんだ、早く逃げるぞ、早くこっちに来いって!」


 ワーウルフの命を狩る、二人の死神の姿。

 どうやら俺は彼らに目を奪われて、思わずその場で棒立ちになっていたらしい。


「あ、ああ。すまん、今行く」


 俺は慌てて返事を返すと、仲間たちを追いかけて、ワーウルフの群れから背を向けると、大急ぎで帰還門の方へと向かう。


 ――その道中で、ジンは思った。


 どうやら俺は、ただの『井の中の蛙』だったらしい。


 エピック級の異能だ、最高の才能だと、今まで散々もてはやされてきた。

 けれど、どれだけ努力したとしても……あんな怪物達の領域にたどり着けるビジョンなんて、全く思い浮かばない。


 勇者のトップか。俺には、不相応な夢だったのかもしれないな……。


 そうだ、これからは地道に堅実に生きていくことにしよう。

 コツコツと堅実にこなせば、あんな怪物にかないはしなくても……身近にいる誰かを守るぐらいなら、できるようになるハズだ。


 そんな人生も、案外悪くないかもしれない……。



 そして――


 その後、ジンはエピック級という稀有な才能を磨き続け、ついには勇者として頭角を現すことになるのだが……決して彼はおごることはなかったという。


 その理由について、彼は記者の取材を受け、こう答えた。


「昔、若い頃に、こっぴどく鼻をへし折られましてね。あの二人は、死神のように強かった……。自分は、まだまだですね。当時の二人にすら、届いていないんじゃないかなあ」


 驚く記者の前で、彼は、懐かしそうに笑っていたという……。



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