其の五十三・とある彫刻家の話(元桑622・囚牛)

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 時が流れ、あざ持ちの支配者が増え、国々は望み通りに強力な力を手に入れたけど、激情に駆られやすく、命を踏みにじる支配者たちの暴挙に悩まされるはめにもなった。

 声の主はおさらいをした。

「でも、そうじゃない国もあるじゃない?囚牛しゅうぎゅうの国は結界の力を独り占めするために、ほかの国との結婚を断っていたよね」

 子供は聞き返した。

 確かに囚牛の国は自国の血統を守り続けていた、と声の主は一つ頷き、けれどほかの国々がどんどん強くなる中、自分だけ取り残されても動じないほど愚かでもないんだ、と付け加えた。

「いつか国の結界を破られるほど強くなられたら困るもんね」

 子供は頷いた。

 じゃあ、とある彫刻家のお話をしましょうか。

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 農家に生まれた男の子がいた。両親が亡くなってから、叔父夫婦がまだ幼い彼を引き取り、我が子のように育てた。

 男の子はいつも叔父夫婦が働く傍らで、土くれをいじって遊んでいた。彼は体が弱く、畑仕事の手伝いはほとんど何もできなかったが、器用な手先を使い、土で色んなものを作った。

 叔父夫婦にすごいね、器用だね、と褒められるたび、彼は嬉しくなって、もっとすごいものを作ろうと頑張った。

 ただの泥団子から、帽子や箱、魚、鳥……

 彼の作った置物が通りすがりの行商人の目に留まり、言い値で構わないから買いたいと言われ、叔父夫婦はやっと彼の才能に気付いた。

 美しさを追求し、芸術的な創造力を尊ぶこの国において、農民は美しさから縁遠い存在として蔑まれ、辛うじて食いつなげるほどの金しか稼げなかった。

 それでも叔父夫婦は二人で話し合って、彼を王都の学び舎に行かせることに決めた。彼がもっとのびやかに才能を発揮する場所があるなら、そこに行かせてやりたいと、二人は願った。


 叔父夫婦に門出を祝われた少年は、王都で死に物狂いで腕を磨いた。

 彼は王家のために腕を振るう勅許彫刻家を目指した。たくさんの褒美がもらえる勅許彫刻家になれば、今まで自分を支えてきた叔父夫婦に恩返しができると彼は考えた。

 叔父夫婦から、たまに手紙が届いたりした。

 姪が生まれたと知った時は嬉しかったし、三つになったばかりの姪が犬に噛まれて片耳を失った時は眠れぬほど心配したが、家には一度も帰らなかった。勅許彫刻家になるには、一分一秒だって無駄にできなかった。


 王都に入って七年目、彼は二十一歳にして最年少の勅許彫刻家となり、王宮に専用の住居と作業場が与えられた。

 彼は一番早い馬に乗り、叔父夫婦のいる懐かしき故郷へ急いだ。

 叔父夫婦とまだ一度もあったことのない姪を迎え、これからは王都で一緒に暮らしていくのだ――

 しかし、七年ぶりの古里には、彼の会いたい家族の姿はなかった。長雨が続き、昨夜堤が切れ、洪水はすべてをかっさらってしまった。

 あんたが一日でも早く来りゃ、こんなことにはならなかったろう、という老爺の声は、いつまでも彼の耳元に響いた。


 彼は一週間かけて、流された叔父夫婦の亡骸を見つけ手厚く葬ったが、姪の姿はとうとう見つからず、沈んだ気持ちのまま王都へ帰った。

 勅許彫刻家である彼に、守護神の彫像の制作依頼が届いた。

 もし守護神が本当にいるのなら、なぜ自分の家族を助けてはくれなかったのだろう、と彼は密かに思った。

 難色を示す彼を見て、役人はにやりと笑った。

 恐れ多くて作れないのか、なら実際に神の姿をお見せしよう。


 それは蝶のような美しい羽根を生やし、蜂のような縞模様を手足に持つ小人たちだった。来客の気配を察し、一斉に宙へ舞う姿はなんとも神秘的で美しかった。

 ――知っての通り、我が国は強い結界に守られている。その結界の維持と修復に努めているのは、神の力を分け与えられた御子達だ。彼らは結界の揺らぎをいち早く察知できる能力を持ち、その羽根で遠くへ駆けつけることができる。また火や血の匂いに敏感で、敵襲を察知して際は、命がけで戦うことができる。そのために、彼らはこの美しい姿を与えられたのだ……

 饒舌な役人をよそに、彼の視線は、ただ中空を舞う一人の小人にくぎ付けになった。

 亡き叔父夫婦に酷似した顔立ちを持つその小人には、片耳がなかった。


 後日、若き勅許彫刻家は、王都の大通りの真ん中に一基の彫像を残して姿を消した。

 『守護神の祝福』と題されたその彫像は、王冠を戴く獣が鋭い牙を喰い込ませ、小さな子供をむさぼるもので、その凄惨さにおののかない通行人はいなかった。

 激怒した王様は国を挙げて彫刻家を探したが、とうとうその行方を掴めることができなかった。


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 アンコウという魚は知ってるかい、雄が子孫を残すために、雌の体に溶け込んで一つになる。囚牛の国はこれに似たような習性を持つ獣を利用して、獣の力を持つ人間を作ったんだ。大事な王族の血脈を獣の血で汚すわけにもいかないから、彼らは秘密裏に子供らを攫って、他国に対抗できる勢力を作り出そうとした。

 声の主は明かした。

「自分の家族かもしれない人がキメラみたいにされたのを見て、神様なんて信じられなくなって当たり前だね」

 神を憎んだ彫刻家は、裏でたくさんの人に訴え続けた。人を餌食にする神は神じゃない。神は我々が拝み奉る存在ではない。そして彼はやがて、同じく神に疑念を抱く絵描きの女性に出会う。

 遠回りしながら、彼らは確実に真相に近づきつつある、と声の主は語った。

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