其の十四・とある好事家の話(元桑186年・負屓)
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獣たちが去り、人たちが国を作ってから三百年の間、もちろん小さな争いは絶えなかったけど、一番大きな出来事は、やはり
「
子供は興味津々に聞いてきた。
正義感の強い
「それぞれの個性が出るね」
子供はなるほどとうんうん頷いた。
じゃあ、とある
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知恵ある者は神に選ばれ、支配する権利を与えられる。
無知なる者は使役され、血肉を捧げる義務を課せられる。
これが常識として受け入れられている国があり、無知で無力な賤民は、高貴で尊い身分の貴族に家畜のように飼われていた。
その国の西の領土を治めている若い領主様がいた。
貴い身分である彼の手は、家人を躾ける鞭より重いものを持ったことはなく、目配せ一つで欲しいものはすぐに差し出された。
退屈さが大嫌いな領主様は面白いことに目がなく、大金を払ってよその国から珍しい植物を取り寄せたり、有名な旅芸人を家に住まわせたり、屋敷を一夜のうちに建て替えたりと、いつも気の向くままに行動した。
ある日、気晴らしに街に出た領主様は、競りにかけられた賤民の子供たちを見かけた。
貴族の言葉が分からない子供らが檻の中で肩を寄せ合っているなか、一人だけ離れた場所にいる幼い女の子がいた。
その子の顔に怯えの色はなく、売り手と買い手のかけ声に耳を傾けている様子だった。
興味を惹かれた領主様は檻に近付き、ほかの人に聞かれないように小声で聞いた。
私の言ってることが分かるかい。
領主様と目を合わせた女の子は、彼の真意を探るようにじっと見つめてから、こくりと頷いた。
領主様は賤民の女の子を買い、屋敷に連れ帰った。
無知な賤民は言葉どころか、簡単な笛の指示しか分からないはずなのに、その子供は貴族の言葉を耳で聞いて覚えたという。
これほど面白ことはないぞ、と領主様は大いに喜んだ。
しゃべりがたどたどしい子供に、領主様は自ら言葉を教えた。鎖でつなぐことはせず、ちゃんとした衣服まで与えた。あげくの果てには働くことすら免除し、領主様は子供をそばに置き続けた。
子供は教わった言葉や知識を次々に覚え、それもまた領主様を大いに喜ばせた。
賤民の子供を飼いならすなど汚らわしい、と眉を顰める人もいたが、領主様は自分さえ楽しければ外聞など一切気にしなかった。
教えたいことすべて教えるのに数年かかり、聡明な少女へと成長した子供を見て、領主様は大いに満足した。
退屈しない日々をくれた褒美に、願いを一つ叶えてあげよう。
領主様は少女に伝えた。
私を賤民の中へ戻し、働かせていただけませんか。
少女の言葉に領主様は目を丸くした。てっきり自由になりたい、ほかの国に行きたいなどと乞われると思っていたのだ。
領主様に教わったことを、私の仲間たちに教えることも許していただけるなら、これ以上の望みはありません。
少女の言葉に、領主様は声をあげて笑った。
面白いね!実に面白い!楽しい日々もそろそろ終わりかと思っていたが、君がいる限りまだまだ続きそうだ。好きにするがよい。
賤民の中に溶け込んだ少女は、領主様の期待以上の働きをした。
無知蒙昧な賤民の群れに生気の光が差し込み、色々なものが変わり始めた。彼らは言葉を覚えはじめ、互いの意志を汲み取ろうとするようになった。
それらの変化はどれも領主様の目には新鮮に映り、面白くてしょうがなかった。
ある日、北の土地を治める貴族が亡くなったという知らせが入った。領地の賤民たちが暴動を引き起こし、乱に乗じて貴族らを殺したのだという。
それに呼応するように、南にも東にも、暴動が立て続けに起き、領主様が治めている西の領地が巻き込まれるのも時間の問題だった。
この国はこれから大きく変わる、と少女の姿を通して賤民を見てきた領主様には分かった。
さて、もっと面白いことを起こそうではないか。
そう考えた領主様は自分の屋敷に火をつけ、賤民に襲われたかようにみせかけた。少女を賤民を率いて悪しき領主を打倒した英雄に仕立て上げ、彼はひっそりと姿を消した。
王侯貴族は追われ、結束した賤民たちは新たな王を自分たちで選出した。
少女は立派な女性に成長し、新たなる王と夫婦になった。
退屈しのぎに育てた子供が、今や国の頂点を君臨する一人になったなど、突飛すぎる展開が面白くて、元領主様は密かに喜んだ。
隣に立つ王のほうがいまいち気迫に欠け、彼女に劣って見えるのが玉に瑕だったが。
新しい政権は、思うほどうまく機能できなかった。
今まで厳密な管理下に置かれていた賤民たちが解放され、新王は彼らの心を一つにする引率力があっても、彼らの境遇を一気に改善する知恵も見識もなかった。
天災が続き、それに対処しきれず、さらに人災も続いた。
息をひそめ、国にとどまり続けた元領主様は、日に日に傾いていく国の様子に味気なさを覚えた。
目が覚めるような出来事が何一つ起きない。実に面白くない。
退屈さを覚え始めたその頃、一人の女性は彼の元へ訪れた。
数年ぶりに見た顔に子供時代の幼さは残っておらず、憂いが影のように彼女の表情をかたどった。
皆を助けるために、あなた様の力をお貸しください。この国を良くするには賤民も貴族も必要なのです。
王の妻なる者が、貴族を否定する方針に逆らうのかい。はやり君は面白い。
久々に愉快な気分を味わえて、元領主様は嬉々として彼女の差し伸べた手に応じた。
こっそり技術者や知識人の貴族を説得して国に呼び戻し、身分を偽って政権に紛れ込ませ、その者たちの知恵を生かす場を作る。
しかし王の近衛隊が、彼女と元領主様の繋がりを嗅ぎつけ、秘密裏に進んでいた計画は挫折し、政権転覆を企む陰謀として暴かれた。
この国に貴族も、貴族にかしずく裏切り者も必要ない。
王は決然として言い切った。
処刑台の上に立たされ、元領主様はため息をついた。
見せしめに使われて終わるなんて、実に面白くない。
同じく処刑台に立たされた隣の女性は、彼のつぶやきに答えた。
そうですか。私は面白かったですよ。
檻の外から話しかけられたその日から、あなた様は私の憧れでした。どうすれば肩を並べる人間になれるのかばかり考えていました。こうやって並び立つ日を迎えたわけですから、願ったりかなったりですよ。
彼女は子供のような無邪気な笑みを見せた。
思い返せば、自分が面白いと笑っている時も、少女はいつも唇を引き結んで、大人びた表情を見せていた。もっと面白いことをやれば、その退屈そうな表情も崩せるのではないか、とよく考えていたものだ。
そうか、私はただ君の笑顔が見たかったのだ――
初めて見る彼女の笑顔に、元領主様はつられるように呵々と笑った。
願ったりかなったりか。たしかに、これは面白い!
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好事家って、変わったことを好む人を指していう時が多いから、変人のイメージが強いけど、風流を好むという意味もあるから、結構粋な言葉だと思わないかい、と声の主は解釈した。
「この女の子があの革命家の妻かぁ、第四階級だというだけで王の妻に選ばれたと思ってたけど、本当は彼女も革命家の一人だったんだね」
革命家は、必ずしも良い統治者になるとは限らない。国を作り替えるってことは、それだけ大変なんだ、と声の主は静かに返した。
「憎み合う貴族階級と第四階級でも、この二人のように心が通じ合えた人がいるんだ、二人のやり残したことは、きっと誰かが引き継いでくれるよ」
子供は楽観的に思いをはせた。
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