幕間・不協和音(~元桑300)
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人々が龍神の力で獣たちを追い払い、安住の地を得てから長い時が流れた。
龍神はやがておとぎ話の中の存在になり、守護神らの力を受け継いだ人間が後継者として国々を治めた。
狻猊の後継者は火を操る能力を持ち、大がかりな金属類の鍛冶に秀でていたため、大規模の開墾が行われたのち、人々の暮らしは着々と豊かになっていった。
睚眦の後継者は生まれながら卓越した身体能力を持ち、世襲制でありながら積極的に武の才能に恵まれた人を抜擢して重用し、「傭兵の国」として知られるようになった。
狴犴の後継者は雷電を生み出す能力を持ち、「雷は正しき裁きの象徴である」という誇りのもと、めったにそれを用いることはないかわりに、弱きを助け、私欲を縛る法で国を整えた。
負屓の後継者は人の精神に干渉する力を持っていたが、その濫用によって政変が起き、その力を受け継いだ王家の血筋が絶たれ、守護神の加護は事実上失われた。
囚牛の後継者は代々国を守る巨大な結界を支える力を持ち、加護の儀式で個人に守護の結界を付与することも可能であり、国民はみな王家に絶大な信頼を寄せている。
螭吻の後継者は水を操る能力を持ち、その流れを読み取る技巧を人体の探求に生かし、追随を許さない医術を生み、各国と隣接する立地から積極的に多方の文化や技術を取り入れて成長していく。
しかし、平穏な暮らしはつかの間の夢のごとく、かつて共に獣たちに立ち向かった人たちの間には、静かにひび割れが生じつつあった。
正義感を大事にする狴犴の国は、圧倒的な武力を持つ睚眦の国はいずれ戦乱の火付け役になると危険視し、狻猊の国と囚牛の国に、同盟の話を持ち掛けた。
争いを疎む狻猊の国は、進んで睚眦の国に侵攻しないことを条件に同盟を結んだが、強固な結界に守られている囚牛の国は、自国には関係のないことだと一蹴した。
狴犴と狻猊の両国に挟まれた負屓の国は流れに逆らえず、巻き込まれるように、狴犴の国に隷属する位置に陥ってしまい、国の人々から不安の声が日に日に大きくなった。
各国を転々と巡る蒲牢の部族は、睚眦と囚牛の両国とは良好な協力関係を結んでいたが、地に足のつかない放浪っぷりは狴犴の国の顰蹙を買った。
睚眦との友好関係が続けば、狴犴の国への出入りは制限されるという狴犴の一方的な通告に、蒲牢の部族の多くは反感を抱いた。
それに対し螭吻の国は、蒲牢の部族こそ国々の架け橋であると肯定し、狴犴の国のやり方に異議を唱えた。
きっかけは、狴犴の国の町で起きた窃盗事件だった。
街を訪れた蒲牢の人間が犯人だと確信した人々は、自ら制裁を下した。
疑惑がもみ合いへ、騒動へ、迫害へと変貌していくのに、大して時間を要しなかった。
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「一つ目の峠はここからだったな……」
一呼吸おいて、自分の書いた文章を読み返す。
「一つ目の峠っていうと、あの大戦のことかな?」
それを受けた者は、得心したように聞いてくる。
「ああ、恐ろしい獣たちを追い払ってから初めての大規模な戦争に突入する寸前まで整理したが、自分の文章力にいささか自信がなくなってきた」
とちょっと苦笑気味に言う。
「弱音を吐くなんてらしくないね、すべて書き記す気概はどこへ行った?」
ちょっと意地悪そうに聞こえる声は、茶化すとも励ますとも受け取れるニュアンスを含ませている。
「ご助言の通り、あの子に色々と聞いてみたけど、しょっちゅう予想外の感想が返ってくるから、伝え方に問題があるのかなと」
答えながら、書き直すところはないか目で文字を追いつづける。
「肩入れが過ぎるとそうとしか解釈できなくなるけど、違う感想が出るということは、それだけ客観的に事実を述べようと心がけたいい証拠だよ」
今度の返事は励ましではなく、心の底から出た本音のように聞こえるのは、きっと気のせいではないだろう。
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