第十六話 台風襲来
食洗機がテレビの音をかき消す勢いで回っている。リビングでは、食後のコーヒー、紅茶、ココアのカップが思い思いの場所に置かれている。
八月の夜。お盆を過ぎたら就職活動の結果が返ってくる。文貴にとって、大体は芳しくない。
「真弓ちゃん、地元のお菓子ありがとー!気を使わなくてもいいのに、って言いたいところだけど、でも素直にうれしー!」
コーヒー片手に雪野は甘い銘菓をぱくついている。肩まで伸びている髪は暑さからか緩く結ばれていた。近頃の彼女は文貴のほかにもメンバーがいると、Tシャツと短パンという、露出を押さえた恰好をしつつある。
「喜んでいただけて嬉しいです」
Tシャツにスエットの真弓は、穏やかに微笑んでいる。盆休み、遠方の実家に帰省していたのだ。ローテーブルには土産が並べられている。
「俺や伊織さんはそういうのないっすからねー」
文貴は長期休暇中であっても帰る気はない。伊織は事情はわからないが、帰る実家がない。むしろ彼女は心霊関係の相談が増えるからと、お盆にも霊能力者としての仕事を受けていた。
「ほらほら、こういうのは感謝しながらちゃきちゃき食べる!でも伊織ちゃんの分も残しておいてあげてね~」
伊織は泊まり込みで仕事に行っている。しばらく帰らないというので、下手をしたらお菓子がなくなりそうではあった。
「いただきもののお菓子をちゃきちゃき食べるってなんですか、まったく。――いただきます」
「どうぞ」
文貴はせんべいの封を切る。これからのことを考えなければいけない以外、静かで過ごしやすい夜だった。
公務員試験がダメだったら、今度は募集を続けている中小企業に応募する。去年も通った道とはいえ、二回目ともなればメンタルにくるものがある。増え続けていく×印。
それでも地元に戻らず、就職したい。
せんべいは塩辛く、喉が渇いた。
どんっ。
「ポルターガイスト、また出ましたね」
「ねー、伊織ちゃんがいないから、しばらくうるさいと思うけどごめんね~」
「あ、平気です。たまに夜中目が覚めたら部屋になにかいたりしますけど、そっちに比べたら全然」
心霊現象を蚊かゴキブリが出たように話す雪野と真弓。雪野はともかく、真弓の胆力に最初は驚いたものだった。
どんっ。
構ってくれと言いたげな音に、どうしてもいらいらしてしまう。
どしゃさささ。
「……雪野さんの部屋ですよ、多分」
「そうだねー、片付け大変だ」
「手伝いましょうか、いや、でも女性の部屋に……」
「大丈夫だよ真弓ちゃん、慣れてるから――」
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
伊織が初めて訪ねてきた時のように。ポルターガイストが騒いでいた夜だった。
「文ちゃん、出てー」
「……はい」
インターフォン越しには、明るい髪色の短髪が見える。
「荷物のお届けでーす」
「はーい」
有名な業者の制服は着ていなかった。最近は荷物が増加しているというから、委託された中小の業者なのかもしれない。
扉を開ける。
どんっと衝撃を受ける。
ずかずかと誰かが踏み込んでくる。不覚、運送業者を装った押し入り強盗……!
「今日からここに住むから!よろしくお願いします」
危害は加えられていない。ただ、吐き出されたセリフを飲み込むのに時間を要した。
分かったことは一つ。理不尽なわがままと最低限の礼儀を併せ持った宣戦布告が降ってきたということだけ。
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