故郷

星雫光

故郷

日が西に傾いた頃についた。

ここら辺は街灯もなく、もう少しすれば暗い世界に陥るだろう。

少し足を早めなつかしの故郷に向かう。

東京だと言うのに、少しネオン街を離れると、こんなにも暗いのか。

火の落ちる速度は早く、まだそんな時間が経っていないのにあたりは暗闇になり始めていた。

携帯のライトで足下を進めながら急ぐ。

あたりで暗闇になるのが怖いというのもあるが、何より早く家に帰りたかった。

…あの暖かい家に。

ずっと足下を見ていると、1人の男の人とぶつかった。

「すみません、前を見ていなくて」

その人の顔を見ると、無精髭に伸ばしっぱなしの髪の毛。

僕はふと昔聞いた話を思い出した。

「いい?辺りが暗闇で満ちる時、体格の良いおじいさんが現れるの。その人はね…」

その先が思い出せない。

思い出そうにも怖かった話だったかも、と思い始めたら急に脚がすくみ始め、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

しかし、思うように足が動かない。

どうしようと立ち尽くしていると老人は腕を振り上げた。殴られる。そう心構えをしていたが、いつまでも来るはずの痛みがこない。

ゆっくり目を開けると、先ほどまで見えなかった老人の背格好までもがはっきり見えた。

老人は腕を上げ、指は天を指していた。

ゆっくり上を見上げると、そこには綺麗な満月の姿があった。

ああ、俺は携帯を頼るばかりにこんなにも大切なことを忘れていたのか。

ここ武蔵野は、月が綺麗に見えると有名だった。暗闇でも辺り一面を照らしてくれるお月様。子供の頃はこの月を見たくてよく家を抜け出していた。

そうだ、僕はこの人に会ったことがある。

子供の頃、夜抜け出したは良いが周りが怖くて泣いていた。そんな時、この人に出会ったんだ。

「早く帰りなさい」

あの頃と同じ笑顔で背を向けて歩いていく。

そう、あの日もこんな満月の日だった。

「っ、ありがとうございました」

男の背に向けて深くお辞儀をした。

男は何も言わずに進んでいく。

ただ、あの頃よりもっと腰を曲げている姿を見て一粒の涙が頬を伝った。

先ほどよりも軽快に足取りが良い。

もう少しで我が家だ。

帰ってきたんだ、ここ武蔵野に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

故郷 星雫光 @okitaemiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る