第815話 静かすぎる

これは、まだ私が病院で看護婦として働いていた時の話です


当時、病院に配属されたばかりで、先輩看護婦さんと一緒に働いて仕事を覚えていた所でした


初めての夜勤の時、ナースコールが鳴りました


夜は患者さんも寝ているため、よっぽどのことが無いかぎり暇なのですが、その日は運悪く呼び出しがありました


それも、2つ同時に


「この部屋は……おじいさんね、心配だわ。そっちは、骨折での入院だから緊急って事は無いからトイレかしらね? あなたは、そっちの様子を見てきて。一人での対処が無理そうだったら、私はおじいさんの所にいると思うから来なさい」


「わ、分かりました」


正直、一人で仕事をする事は不安でしたが、いつかはこうなる事は分かっていたので、先輩の言う通り一人で見に行く事になりました


基本的に、エレベーターは患者さんのために開けておくようにしているため、ついいつも通り階段を使って患者さんの元へと行きました


部屋についてみると、患者さんが申し訳なさそうな顔で


「すみません、寝ぼけて押しただけです。何もありません」


と言って謝られました


「何も無かったなら良かったです」


私は、ついでに布団を直してあげて、ナースセンターへ戻ることにしました


部屋の電気を消して、廊下へ出ると寒いと感じるような風がふいてきました


「あれ、どこか窓があいてる?」


誰かの閉め忘れなら、閉めないといけないと思い、風の吹く方へと歩いて行きました


「あれ? 廊下って、こんなに長かったかしら」


もう、廊下の端についてもいいころだと思ったのですが、暗くて距離感が狂ったか、歩幅が短くなっていたのかなとその時はあまり気にしませんでした


「あれ?」


さらにしばらく歩いていて、異変に気が付きました。音が全くしないのです


外を通る車の音も、患者さんの身じろぎする音も。何より、いつからか自分の歩く足音すらしなくなっていました


それに、風がさっきよりも冷たく感じました。涼しいというよりも寒いと思えるほどに


気味が悪くなったので、とりあえず一旦戻ろうと思いました。すぐ近くに、エレベーターがありました


エレベーターのボタンを押すと、4階から下に降りてきます


エレベーターが到着し、すっと音もなく開きました


私が中に入ると、壁から手が出てきて私を掴み、壁の中へと引き込もうとします


「嫌! やめて! 離して!」


私はその手を掴みました。まるで、こんにゃくかはんぺんを掴んだ様な感触がしました


何とか振り切り、エレベーターのドアが閉まる前に元居た場所へと走りました


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


階段が見えてきたので、少し早歩きまでスピードを落とすと、階段横にあるエレベーターが上の階から降りてきていることに気づきました


「いやぁああ!」


私は再び全力で階段を降りて、パニックになり1階まで降りて行きました。ナースセンターは2階なのに


1階は薄暗く、誰も居ないのですが、どこからか虫の鳴く音がします


改めてエレベーターを見ると、エレベーターは3階でとまったままでした


私はなんとか違う場所の階段からナースセンターに戻ると、先輩がすでに戻ってきていました


「あなた、どこまで行っていたの?」


時計を見ると、いつの間にか2時間も経っていました。先輩は私を心配して探したそうですが、見つからなかったのでここに戻ってきたそうです


私は、信じてもらえるかどうか分かりませんでしたが、あったことを先輩に話しました


「3階の奥にエレベーター何て無かったはずよ。……そういえば、昔、事故があって撤去されたのよね」


私は、怖くて当時何があったのか聞くことが出来ませんでした


その日以来、変な事はありませんでしたが、私は長く看護婦を続ける事は出来ませんでした

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