第794話 4階 不思議ルート

卯月は、3階へ上がった時、急に周りの気温が下がった気がした。数秒後に3階へと上がってくる3人に向かって振り向く。


卯月「ねぇ、この階、なんだか寒くない?」


如月「そうか? 普通、上の階ほど熱い空気が溜まる気がするんだけど」


弥生「私は別に、下の階と変わらないと思うわよ」


睦月「気のせいじゃ無いのか?」


皆にそう言われ、卯月は改めて自分の肌の感覚を確かめる。


卯月「あー、気のせいだったみたい」


如月「驚かすなよ、それとも、俺をビビらせようとしたのか?」


卯月「くふっ、そんな感じ」


卯月は、如月のおどけた態度につい笑いが漏れる。


睦月「3階は病室ばかりのはずだ。大部屋、個室とあるけど……」


弥生「とりあえず、廊下からじゃ何も分からないわね。2階と同様に確認して回りましょう」


4人は順番に部屋を開けていくが、ベッドすら運び出されたのか、何も無い部屋ばかりだ。何も面白いものが無いまま半分ほど進み、折り返し地点に着いた。そこは、非常階段になっていて、1階も2階も外から鍵がかかっていたのか、開ける事は出来なかった。


卯月「ここも一応開けてみる?」


如月「じゃあ、今度は俺が開けてみるか」


如月は、いままで何も無かったので、怖く感じないのかドアノブを回す。ちなみに、1階は睦月が、2階は弥生が試していた。如月がゆっくりと押すと、ドアが少し開く。


如月「……ここ、開くわ」


弥生「ここだけ鍵が壊れている……何てことあるの?」


睦月「さっき俺達が上ってきた階段には、4階へ行く階段は無かったけど、非常階段からなら行けるんじゃないか?」


如月「それなら……」


睦月の提案を受けて、如月はさらにドアを押し開ける。そして、そこは非常階段と違い下へ向かう階段は無く、上に向かう階段だけだった。それも、周りは壁で囲まれているため外からは見えない。


如月「睦月の予想、当たりみたいだぞ」


睦月「本当か? それなら、4階へ行く方法を掲示板に書き込んでないだけで、誰かが鍵を開けて4階へ行ったって事なのか?」


如月「かもな。それで、俺達も行くんだろ?」


卯月「当然、行くに決まってるじゃない。普通には行けない場所なんて、面白そう!」


卯月は、如月を押しのけて階段へと出る。そして、軽い感じで上の階へと向かう。


弥生「暗いから、足元には気を付けてよ!」


卯月「分かってるよ~」


懐中電灯の光は、卯月と一緒に上下する。


卯月「ここにもドアが。けど、開いてるみたい」


睦月「やっぱり、誰か来てたやつがいるのか」


卯月は、3人が追い付いてくるのを待ってからドアを開ける。さすがに、一人でいきなり飛び込むことはしなかった。


卯月「開けるよ?」


如月「いいぜ」


弥生「いいわよ」


睦月「ああ」


全員から了解を得て、卯月はドアを開ける。そこは、下の階とは作りが全然違い、窓もなくて月明かりすら入り込んでいない。


卯月「何ここ、真っ暗すぎて怖っ」


弥生「なんかかび臭い気がするわね。空気が淀んでいるっていうの?」


如月「でも、やっと肝試しらしくなったな」


4人は、出来るだけ広範囲を照らすように手分けして懐中電灯で照らす。前を照らすための先頭は睦月が、左側は2番手の弥生が、右側は3番手の如月が、念のため後ろを照らすのは最後尾の卯月だ。部屋は片側にしかなく、何の部屋なのか何もプレートがかけられていないため分からない。


卯月「これのどこかが霊安室、かな?」


卯月は、3人が通り過ぎた後に近くのドアを開ける。その行動に3人は気が付かない。そして、卯月も、3人がこのドアだけ素通りしていた事に違和感を覚えていなかった。


卯月「あ……」


そこには、祭壇の様なものがあった。そして、誰が点けたのか、赤々とろうそくの炎が灯っている。一番目を引くのは、祭壇の中央に置かれている写真だ。暗いため、それが何の写真か分からない。懐中電灯を当てても、光が反射して見えなかった。


卯月「ね、みんな。この部屋……」


廊下を進んでいるはずの3人に向かって卯月は呼びかける。しかし、廊下には誰も居なくなっていた。


卯月「みんな、どこ行ったの? 隣の部屋?」


卯月は慌てて次の部屋のドアノブを掴む。しかし、そこは鍵がかかっていた。


卯月「みんな、どこ!」


卯月は次のドアノブも掴むが、そこも鍵がかかっていた。そして、さっき祭壇があった部屋のドアが勝手にガチャリと開く音がした。


卯月「ひっ!」


そこから何かが出てきそうで、卯月は怖くなって階段へと引き返す。勝手に開いた祭壇の部屋を、見たくはないけど見ないのも怖いのでチラッと見る。すると、さっきは全く見えなかった写真が見えた。そこには、怒りの形相の女が写っていた。



卯月「きゃああああ!」


如月「卯月、どうした!」


弥生「卯月?!」


睦月「おい、どこへ行くんだ!」


いつの間にか、3人は廊下の先に立っていた。けれど、卯月は3人にかけよる事は出来ない。なぜなら、もうすでにさっきの祭壇のあるドアを通り過ぎてしまったから。卯月は、このまま走り抜けるしかなかった。


弥生「卯月に何かあったのかも! 睦月、如月、卯月を追いかけよう!」


如月「分かった!」


睦月「ああ!」


3人は、急に叫んで階段へと走っていった卯月を追いかける。卯月は、最短距離で階段を目指しているようだ。


弥生「卯月、待って! 何があったの!」


弥生が声をかけるが、卯月は全く振り向く事も無く階段を駆け下りていく。


如月「本当に、何かあったのかもしれねぇ。すぐに車に乗って帰るぞ!」


睦月「分かった。急ごう!」


不思議と、3人は卯月に追いつくことが出来ない。卯月はどちらかと言えば運動音痴で、足は遅い方だ。それなのに、まるで何かに吸い込まれるように逆に距離が開いて行く。


3人「はぁっはぁっはぁっ」


呼吸を荒げて外へと出る。その時にはもうすでに卯月の姿を見失っていた。けれど、車の方へ向かっているであろうと予想をつけて、出来る限り早く車へと向かう。


如月「見えた、車だ!」


弥生「卯月の後姿も見えるわ!」


やはり、卯月も車を目指していたか……そう思った3人だったけれど、卯月は予想外の行動を見せる。車には全く目を向けず、そのまま走り抜けていったのだ。


睦月「おい、あいつ、どこまで行くんだ!」


如月「分からねぇ! とりあえず俺は車のエンジンをかけるぞ。そっから卯月を車で追いかける!」


弥生「私はもう走れない、私も車に乗るわ」


睦月「それなら、俺も乗る」


3人は車に乗り込む。如月は、エンジンのスイッチを押すがエンジンがかからない。何度押しても、うんともすんとも言わない。


弥生「如月! 今はそういう冗談をしている場合じゃ無いでしょ!」


如月「違うって! 本当にエンジンがかからないんだ!」


睦月「おい、後ろを見ろ! 病院が……」


電気が点かないはずの病院の窓に明かりが見え、その明かりで照らされた何かが、黒い影となって移動している。そして、明かりはその影と同時に移動している。10秒ほどの間に、3階、2階へと動いた。



睦月「如月、急げ! 何かヤバイ!」


如月「やってるよ!」


さらに10秒が経ち、影はもう1階の出口近くまで移動していた。その時、やっとエンジンがかかる。


如月「かかった!」


弥生「早くだして!」


このときには、3人はもう卯月の事が頭から抜けていた。あの影が、もし車に追いついて来たらどうなるのか。その恐怖で、正常な思考ができなくなり、逃げる事しか考えられなくなっていた。


気が付くと、3人は広い道路まで戻ってきていた。正直、あの狭い山道を猛スピードで走って、事故なく来れたのは奇跡だろう。


弥生「あ……卯月、卯月は?」


睦月「車の外には見えなかったが」


如月「電話してみる」


如月は卯月に電話する。けれど、電源が入っていない。


如月「こんな時にスマホの電源を切るわけが無い。もう一度だ」


けれど、何度かけなおしても電源は切れたままだった。そこから、3人はそれぞれの家へと帰った。幸い、帰るまでに何も無かったからだ。それから、夏休みの間、卯月に連絡がつくどころか、スマホの電源が入ることは無かった。


夏休みが終わり、3人は気が重い状態で大学へと集まる。


弥生「卯月、どうしたんだろう。捜索願を出す……?」


如月「馬鹿野郎、そんなことをしたら、俺達がまず疑われるだろ」


弥生「そんなこと言っても……」


睦月「俺は……」


卯月「おっはよー、みんなどうしたの? そんな暗い顔をして」


3人「卯月!?」


そこには、普段通りの卯月が立っていた。


弥生「あんたこそどうしたのよ、ずっとスマホに連絡してたのに!」


卯月「ごめんごめん、スマホどこかに落としちゃって、お金もなくて買い替えて無いんだ」


如月「そうだったのか……。それならそれで、家に来るなりなんなりして教えてくれればいいのに。それより、何があったんだ?」


卯月「え? 何が?」


如月「あの肝試しの時、走っていったろ? 何かあったんじゃないのか」


卯月「何も無かったよ」


卯月の声が、急に冷たいものになる。その圧で、この話題を続ける事は出来なかった。授業が始まる為、先に卯月が部屋を出て行った。それに続いて、如月と弥生も出て行こうとする。


睦月「ちょっとまてお前ら」


如月「どうしたんだ? 授業に遅れるぞ」


睦月「俺は、あれから卯月の家に行ったんだ」


弥生「そうなの? てっきり、みんな確かめるのが怖くて行ってないのかと思ってた……」


如月「ああ、少なくとも、俺は確認にいけてない……」


2人は表情を暗くする。しかし、睦月はそれにかかわらず話を続ける。


睦月「結論からいうぞ。卯月の家が無かった」


如月「は? 無いって、あいつアパートだろ?」


睦月「悪い、言い方を変える。あいつの住んでいた部屋、すでに引き払われていた。それも、あの日に」


弥生「それ、何で教えてくれなかったのよ」


睦月「教えて、どうした? どうもできないだろ。それに、それから俺はずっと誰かに見られている感じがしているんだ」


如月「誰かって、誰だ?」


睦月「分からん。悪い、授業に遅れるな。話はあとにしよう」


如月「ああ……分かった」


釈然としないまま、3人は自分の取っている授業へと向かった。そしてその日、卯月と睦月の行方が分からなくなるのだった。

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