第791話 4階 3

幸い、ドアは錆びていなかったので開かないという事はなかった。ドアを開けた睦月は、腰に下げていた懐中電灯を手に取りスイッチを入れて中を照らす。


睦月「……意外と、綺麗だな。ここは職員の出入り口だったようだ。すぐ近くに更衣室があるけど、見ていくか?」


弥生「時間はまだまだあるしね。せっかくだから、出来る限り見て行こうよ」


如月「よし、それじゃあ俺が最初に開くぞ」


弥生「って如月、そこ女子更衣室じゃん! あんた、そこが見たいだけでしょ!」


如月「そ、そんなことないぞ。たまたま、俺の近くだったから……」


卯月「距離的には男子更衣室も同じくらいに見えるけど……」


睦月「まあまあ、人が着替えてるわけじゃ無いんだからどっちでもいいだろ」


更衣室は、右が男子更衣室で左が女子更衣室であり、廊下を挟んで向かい合わせの同距離にある。


弥生「まあいいわ。言い出したんだから、最初は如月が開けてよね」


如月「うえっ! そうなるのか。……いいだろう、俺が前人未到の第一歩を――」


弥生「早く開けて」


如月「はい……」


もたもたとしている如月に、弥生は早く開けるように促す。如月は、ゆっくりと更衣室のドアを開いて行った。そこには、ロッカーが無数に並べられているだけの狭い部屋だった。


卯月「ロッカーだけだね。一応、開けてみる?」


如月「意外と度胸あるな、卯月。そう言うなら、開けてみろよ」


卯月「ほいっ。うーん、やっぱり何も無いね」


怖がる様子もなく卯月は次々にロッカーを開けていく。如月としては、もう少しおっかなびっくりで開いて行くものだと思っていた。こういうのは、開けた瞬間何かが飛び出してくる感じがするからだ。しかし、すべて持ち出されていることもあって、本当に何もないロッカーだけだった。


弥生「次は、男子更衣室かな。この感じだと、たぶん同じ様な気がするけど」


睦月「まあ、せっかくだから見ていくか」


四人は女子更衣室を出て、向かいの男子更衣室に行く。こちらも同じつくりになっていて、当然ロッカーの中身も空だった。


卯月「拍子抜けかなぁ。本当に、何も無いし、思ったよりも綺麗だから休みの日の病院に忍び込んでるだけみたい」


如月「むしろ、物が無い分だけ尚更怖さよりも寂しさを感じるな。改めて思うと、お化け屋敷って、置いてある物も含めて怖く感じるようになっているんだな。動きそうなカーテンとか、誰かが隠れていそうな箱とか」


ロッカーには段ボールは愚か、カーテンすら取り払われていたため、風が吹いて動くような物も何もない。窓は割れておらず、風が入る込むことは無いのだが。


四人は男子更衣室を後にして、廊下を進む。


睦月「この病院の大きさは、小さな学校くらいしかないな。別棟も無さそうだし、何より四角いから見て回るには便利だな」


弥生「ここが本来、正面から入ってすぐの受付ね。カウンターしか無いから分かりにくいけど。待合室っぽい場所には固定されている椅子以外はないし」


卯月「埃っぽいね。最近は誰も来てないみたいだね」


睦月「そうみたいだな。でも、去年には誰かが来てるみたいだっただけどな」


弥生「それも掲示板で? 去年はどんな感じだったの?」


廊下をただ歩くだけでは暇なので、弥生は睦月に話しかける。


睦月「去年は、2人組のカップルが入ったらしいぞ。1階を1周しただけで帰っただけなのに、度胸自慢をするしょうもない奴だったけど」


弥生「1階だけねぇ……。まあ、肝試しなら別におかしくもないかな?」


睦月「そうだな。この病院は、基本的に1階にすべての診察室があって、2階以降は入院患者やコールセンターらしい。備品室や手術室も2階で、地下はなし。遺体置き場は今のところどこにあるのか分かってないけど、無いって事は無い様な気がするしな」


弥生「それこそ、誰も行ったことのない4階なんじゃないの?」


睦月「そうだと思う。だから、オカルト研究会としては、是非4階へ行く方法を見つけたい」


卯月「エレベーター直通なだけだったりして」


如月「それを言ったらお終いだろ」


四人に笑いが漏れる。当然、電気は通っていないためエレベーターでしか四階に行けないのであれば、誰も四階への階段を見つけられないのは当然だ。そして、調べ始めたばかりなので、それが本当かどうかも分からないのだ。


睦月「順番に、近いところから調べて行こう」


弥生「それなら次は、小児科かな?」


如月「子供用に貼ってあるポスターすら無いのは、徹底的に片づけてある感じだな」


卯月「確かに。どうでも良さそうなものまで、全く残ってないね」


要ら無さそうな新聞の1部や雑誌の1冊すら落ちていない。割れた窓や落ちた蛍光灯なんかも無いため、調べるには安全なのだが、四人にとっては物足りなさを感じるものだった。

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