第690話 砂浜で

 夏になると、砂浜で遊ぶ人が結構多い。夕方に浜辺を歩くと、日中に作られたであろう砂山や、小さく掘った砂プールなどが見られる


 俺は、そんな砂浜から少し離れた場所で海を眺めるのが好きだ。浜辺を歩き、座るのにちょうどよさそうな石へと向かう


 海を見ながら歩いていると、急に足場が崩れた


「な、なんだっ」


 自分の下半身が埋まるほどの穴が掘ってあり、身動きが取れない。穴の上に板が並べてあったらしく、それを踏み割ってしまい、割れた板でケガをしたのか足が痛いが見えない

 

 さらに、少しずつ海水が砂にしみてきて重くなってきて、なお抜け出せなくなってきた


「誰か! 助けてくれ!」


 運悪く、付近には誰も居なかった。これから暗くなっていくので、なおさら人は通らなくなるだろう。このままでは、海水が満潮になったらここも水没するかもしれない。そんな恐怖から、体付近の砂を、素手で掘ったりしたがうまく掻きだせない


「誰か……」


 力尽き、だらんと体の力が抜ける。明日になれば誰かが見つけてくれるだろうが、波はもう目の前に迫ってきている。もうだめだ……そう思ってうなだれていた


 すると、体が持ち上げられる感覚がした。ずぼっと砂穴から持ち上げられ、穴の隣に体が投げ出される。助かった。一体誰が助けてくれたんだろう。そう思って、後ろを振り向く


「ぎゃああ!」


 そこにあったのは、全身がブクブクに膨らんで、皮膚がずるずるに剥けた死体だった。それが俺の真後ろに倒れていた


 慌てて逃げようとしたけれど、万が一、ほんとうに万が一、生きている人だったら……そう思って近づく


 そして、一番ましそうな場所に触れる。ぶよっとした感触と、全く体温が無い事が分かった。俺は警察に電話した。すぐに警察が駆け付け、事情を聴かれる


 俺が穴に落ちての部分は、微妙に信用されてない気がした。今はもう波にさらされて埋まっているから見えないし、どうやって抜け出たのかの理由が分からないからだ


 死体は、ニュースで数日前に海で行方不明になった人だと分かった。もしかしたら、あの穴を掘った本人かもしれないし、単純に俺を助けてくれたのかもしれないし、それはもう誰にも分らないが、冥福を祈った

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