第585話 咀嚼音
私が見た、恐怖体験です
十数年前、前の彼氏と一緒に肝試しに行きました
デートを兼ねた国内旅行という事もあり、気が緩んでいたんだと思います
泊まったホテルは山の近くで、あたりにはどこも遊ぶところが無かったので散歩する事になりました
その時までは、暇つぶしを兼ねた散歩だったのですが、少し山を降りたあたりで彼が
「なんかあるぞ」
と、林の中を指さした時から肝試しになりました
その何かにゆっくり近づくと、それは墓場でした
墓が乱立するだけの、お寺が近くに無い墓地でした
彼は、その墓場を一周するだけの肝試しをすることにしました
私も幽霊は信じていないほうで、何もイベントが無いよりはいいか、くらいの気持ちで賛成しました
見たところ、そんなに広くありません。ゆっくりとまわっても10分もかからないでしょう
音を立てないように、ゆっくりと外周を回り始めました
明かりが無いので、携帯のあかりで足元を照らしていたため、早く走る事は無理でしたが
そして、5分くらい経って半分くらい回ったころ、何か音がします
くちゃ、くちゃ、ぱきっ、くちゃ
携帯のあかりを消して、彼とその音のする方へそっと近づきました
今なら、絶対に近寄らないでと言いたいです
墓の影から音のする場所を見ると、浮浪者らしき人が何かを食べています
「お供え物でもかってにくってんのかな」
彼が小声で言いました。私も、そう思っていました
月明かりが射すのと同時に、その浮浪者が上を向きました
そして、浮浪者が咥えているものが見えました
「きゃあ!」
その浮浪者が食べていたのは、ネズミの死体でした
私の声に浮浪者がこちらを向き、人間とは思えない形相で走ってきます
「うわぁ!」
彼は私を突き飛ばし、逃げました
「あ、ああ……」
私は腰が抜けたまま、起き上がれず、浮浪者が近づくのを見るしかありませんでした
(もうだめ、襲われる!)
私は無念に思っていると、浮浪者は私を一瞥もせずに彼の方を追いました
(た、たすか……った?)
私はゆっくりと四つん這いになって墓場から離れました
どこをどうやって逃げたかは分かりませんが、気が付くとホテルの前に居ました
泥だらけのままホテルに入ると、フロントで引き留められました
「どうしたんですか?! 何かありましたか?!」
私は、その人にありのままの事を話しました
しかし、実際には襲われたわけでもなく、私が勝手におびえていただけなので警察を呼びませんでした
私は、先に逃げた彼を怒ろうと部屋に戻りましたが、彼はまだ戻っていませんでした
道に迷ったのか、それともあの浮浪者に襲われたのか……
そこで私は、警察に電話をしました
しばらくして、到着した警察に付近を探してもらいました
すると、あの墓場で全身を噛まれて気絶している彼が見つかりました
噛まれた傷は、人間の歯型で、指など、ところどころ噛みちぎられた部分がありました
犯人は見つかりませんでした
そういう事があって彼とは別れました
今でも、くちゃくちゃと口を開けたまま咀嚼する音を聞くと、当時を思い出して怖くなります
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