第557話 高層ビルで

私の働いているオフィスは、地上30階にある




いわゆる、高層ビルだ




だから、外の窓ふきは業者に任せてある




屋上からゴンドラに乗って順番に拭いて行くのだ




あのスカイツリーや東京タワーもそうやって掃除しているらしい




その日も、窓の外を業者が拭いているものだと思っていた




パソコンに向かって入力をしている時、視界の端に白いものが入ったからだ




雑巾で窓を拭いているのだろう




私はその時そう思っていた




「ね、この書類コピーしてきてくれない?」




「あ、はい。わかりました」




私は上司から書類を受け取り、コピー機へ向かう




そして、私の左側の窓――さっき白いものが目に入った場所を通りかかる




(ご苦労様です)




どうせ声を掛けても聞こえないと思うので、心の中でそう思う




「どういたしまして」




「え?」




心の声に返事があったので、慌てて窓を見る




すると、逆さになった女性が、白い紙をもったままぶら下がっていた




「きゃー!」




私は書類を放り、地面に座り込む




「どうした!?」




すぐに周りの人が声を掛けてくれる




「ま、窓に……窓に女性が……」




私は逆さになった女性――今思うと、顔が血だらけだった気がする――を指さす




しかしそこにはもう誰も居なかった




「疲れているんだろう。もう、帰っていいぞ」




私は、上司のその言葉に甘え、早退した




カバンをロッカーから取り出し、階段を下りる




運悪く、エレベーターが点検中で止まっていたからだ




階段の途中に、掃除をしているおばさんが目に入る




私はふと、その人に声を掛けたくなった




「ご苦労様です。勤めて長いんですか?」




「ありがとうございます。ええ、このビルが出来た時から働かせてもらっていますよ」




いつもならこの時間帯に帰る事が無いから、会う事が無かったのだろう




「……このビルで不幸があったことをご存じですか?」




「ええ。上司のパワハラに耐えられず、発作的に書類を持ったまま屋上から飛び降りたOLのことでしょう? 今の時間帯に帰られる人は、何故か皆、私にそう尋ねて行かれます。……その飛び下りたOLは私の娘だったからでしょうか……」




おばさんはそう言うと、すぐにまた掃除を始めた




私はおばさんに礼をして、階段を下りる




ふと、上を向くとおばさんは居なかった




後で聞いた話では、そのOLの母親――掃除をしていたおばさんも、娘を失った悲しみで自殺していたそうだ




あの母子は、そういう事件があったことを知っていてほしかったのだろうか……

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