第540話 夢の中で

「ああ、これは夢の中だ」




すぐにわかった。匂いの無い空間。何より、以前から何度も見た事のある風景




それでも、自分を自由に動かすことが出来ない。次にどうなるか分かっているのに




はっきりとしない風景の中、扉を開けて入ってくるのは鬼だろう




これは恐らく、幼少のころに母親が怒って部屋に入ってきたことがトラウマになって今も夢に見ているのかもしれない




いつもならこうだ




部屋に入ってきた鬼は、そのあたりのものを私に投げつけ、めちゃくちゃにし、気が済んだら部屋のドアをバタンと閉めて去っていく




ただそれだけの、30秒にも満たないCMのようだ




私はその間、うずくまって泣くしかない。いい年になって泣く気も無いのに、夢の中では幼少のころと変わらない精神状態なのか




しかし、それを自覚しているからか、起きてしまえば




「ああ、またあの夢だった」




と言える




だというのに、私はまだ目覚めない。こんなことは初めてだ




すると、夢の続きが始まる。私はちらかった部屋を片付け始めた




私は嫌な予感がして、早く起きたい、早く起きろと祈っている




しかし、夢の中の私は、私の願いなど無視して片づけを続ける




その背中を見守るしかない私




そろそろ片付け終える。片付け終えれば、この夢が覚めるという自信があった




だが、今回はいつもと夢が違うかのように、もう一度扉が開かれた




幼少の私は硬直し、扉からこちらを見ている鬼を直視するしかない




すると、その鬼が幼少の私の頭を掴んだ




「やめて!」




夢の中だからか、母親ではあり得ない腕力を発揮し、鬼さながらに頭を掴んだまま持ち上げる




「痛い、痛い!」




しかし鬼はそのまま力を込め続け、ついには幼少の私はだらんと四肢の力が抜けたようにぶらぶらと鬼の手の中でぶら下がっている




そこで目が覚めた




「いつっ!」




頭が痛い。鏡で確認すると、額が何かに掴まれたかのようにくっきりとみみずばれの様な筋が入っていた




今日は母の命日。死んでからも私を苦しめるのか

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