第508話 鈴虫の鳴き声
束縛の強い男と付き合っていたことがある
といっても、ついこの間の事だけど
彼氏とは言いたくない。彼氏というよりも、ストーカーだった
しつこく告白され、見た目は悪くなかったので「お試し」のつもりで付き合ったのが悪かった
連絡先を交換した日には、メールが100通近く。電話も1時間は話していたと思う
休日になると、常時メールが来るので、デートに連れて行ってもらうことにした
会っている間は少なくともメールが来ないから
そこでも、私が少しでも他の男を見るそぶりをすると
「他の男なんて見るな」
というし、服とかを買ってくれるのだがあいつが選んだ服以外を着ることを許されなかった
それでも、口のうまさとセンス自体は良かったので、それは苦痛では無かった
しかし、私の携帯からいつの間にか男友達の連絡先が消されていたり、職場の男の先輩とすら距離を取るように言われたときはさすがに辟易した
それでも慣れたら私に都合のいいように動いてくれたのも事実だった
だけど、やはりそんな付き合いは長くは続かなかった
何かのきっかけで喧嘩したとき、私は別れを切り出した
その時のあいつの狼狽えようは怖いくらいだった
「僕の何が悪かったんだ? 直すから言ってくれ。そうだ、土下座するから許してくれ」
そう言ってあいつは額をアスファルトに打ち付け、血が出てもずっと額を地面に何度もぶつける姿に寒気がした
そんな事もあってだんだんと疎遠になり、ついには私は彼に黙って引っ越したのだった
私はそれで「別れた」つもりだったのだけど、あいつはそんな気が無いようだった
プルルルル
あいつからの電話だろう。あいつの電話は着信拒否にしたけど、電話番号を変えて電話してきたことがあったから今回もそうだと思う
私自身の携帯番号を変えるべきだろうか
それよりも、直接別れを切り出した方が早いかな。電話越しならどんな凶行してても分からないし
「もしもし?」
「やあ、最近連絡が取れなくて困ったよ。僕の携帯が壊れていたようで、新しく買い替えたんだ」
(携帯が壊れたんじゃなくて、拒否されてるんだよ……)
「そ、そうなんだ。それより、私から大事な話があるの」
「何だい? 君の話はどれも僕にとって大事な話さ」
「……私達、別れましょう」
「はははっ、冗談がきついな。こんなに愛し合っているのに、どうしてそんなことを言うんだい?」
私はどう言おうか考えた。すると、外からリーン、リーンと鈴虫の鳴く声が聞こえてきた
「ふふ、ほら鈴虫も別れるなって言っているじゃ無いか。どうしても別れたいなら……」
そこで電話が切れた。鈴虫の鳴き声って電話越しても聞こえたっけ?
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