第438話 松の木

海岸に一本だけ生えている松がある




それをじっと見つめている女性が居た




ずっと見ていたわけではないが、俺が来てからかれこれ2時間は見ているのではないか




海の家でラーメンを食った後、まだ松を見上げている女性に声を掛けることにした




女性は、海辺には似つかわしくない、長袖長ズボン。日焼けするのが嫌なのか、麦わら帽子まで被っている




「どうして松を見ているんですか?」




急に声を掛けたにもかかわらず、女性はこちらを見向きもしない




「ねぇ、何で木なんて見てるの?」




無視されてイラッとしたので少し強い口調で聞く




それでもこちらを見なかったが、返事を聞く事が出来た




「なんでって、見て分からない?」




「見て分からないから聞いてるんだけど。ああ、ナンパ待ちってことでおk?」




俺は無理やり女性の手を掴もうとして……やめた




よく見ると、手は黒い手袋をしている。この真夏の海辺で




急に、女性が振り向かないように、と思い始めた




顔を見るのが怖い




相変わらず、女性は松の木を見続けているが、視線は俺を見ている様な気がした




しばらく沈黙が続くが、女性は「どこかへ行け」とも「どこへも行くな」とも言わない




俺はじりじりとあとずさりし始める




「あの木……なんであそこに生えてると思う?」




「し、しらねぇよ」




俺が逃げようとしたタイミングで声を掛けられ、逃げるタイミングをはずされた




「あの木はね、昔私が植えたものなの」




「は? どう見ても何十年も経ってるような大きさだぞ? 嘘つくなよ。ああ、大きな木をそのまま植えたって事か? そりゃよかったな、じゃあな」




そう言って立ち去ろうとしたが、足が動かない。女性は俺の言葉を無視して勝手に話し始めた




「私はね、子供のころに約束してたの。男の子と。この木が大きくなるころに結婚しようって。だけど、その男の子は大きくなる前に死んじゃった。それでも、私はずっと待ってるの」




「…………」




「水難事故だった。私を驚かせようとしたのかしらね? 私が毎日のように木を見に来るのを知っていたから、海の中に隠れてたみたいだけど、運悪く波にさらわれたらしいわ。だけどね、死体はあがらなかった。なんで死んだかわかるかって言うとね、あの木の側に今も男の子が立っているからよ」




そう言って少しずつ俺の方を見るように、ゆっくりと、1分間で10度くらい首を動かしている様な、そんな速度で……




そして、横顔は骸骨の様に見えた。見間違いかもしれないが、少なくとも白かった事だけは覚えている




気が付くと、俺は自分の車に戻っていた。もう2度とこの海岸へ来ることは無いだろう……

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