第364話 助手席

俺は駅前で暇そうな女性を見つけたので声を掛けてみた




「ドライブに行かない?」




女性は最初、用事があるとか、待っている人が居るとか、いろいろと言っていたが、結局は根負けし、ドライブだけという事で誘う事に成功した




セダンタイプの助手席に乗せ、軽く街中を走る




その間に、職業や趣味などを聞いていた……大学生らしい。趣味は特にないが、風景を見るのは好きと言っていたので、どこか店に入るよりも山の方で景色を見る方がいいだろうか




電話番号を聞いたが、電話は持っていないという。本当かどうかは分からないが、本当であれば珍しいと思う




「ところで、なんで駅前でぼーっと立っていたの?」




そう、俺が声を掛けるまで、駅前で歩く人たちをひたすら見ていただけだったのだ。だからこそ声を掛けたと言うのもあるが




助手席を見ると、彼女は風景の方を見て返事をしなかった。答えたくないのだろうか?




高速道路近くの道の駅へ寄る。トイレと、何か軽く食べ物でもと思ってだ




「トイレは大丈夫? 何か買ってこようか?」




「大丈夫よ、気にしないで」




彼女はそう言って車から降りようとしなかった。さすがに、車を乗り逃げするとは思わないが、キーだけは俺が持っておく




俺は缶コーヒーを2つと、サンドイッチ、おにぎりなどを適当に買う。あっ、コーヒーよりお茶が好きかもしれないから、お茶も買っておこう




車に戻り、彼女に飲み物を渡そうとしたが




「今は大丈夫よ。そこに置いておいて」




と、言うので、飲み物入れの所へ入れておく




そして、キャンプ場があるというので、そっちのほうへ向かう。大して高くはない山の中腹ほどにキャンプ場があった。山道を登るだけでも、景色はよく見える




「綺麗ね。もっと早く、こういう場所へ来たかったわ」




「よかったら、また連れてきてやるよ」




あわよくば、このまま彼女になって欲しい、と思って声を掛けた




キャンプ場へ着き、駐車場へ車を入れる




「降りないの?」




「降りられないみたい」




そんなばかな、と思って助手席をあけ、手を引こうと思ったら、手がすり抜けた




「え? なんで?」




「気が付いていなかったの? 私、あそこの地縛霊よ」




見た目が全く普通の人間と区別がつかないくらい、綺麗だった




「離れすぎたみたい、引き戻されるわ」




そう言うと、彼女はうっすらと薄くなり、消えてしまった




助手席には、彼女が生前つけていたのであろう香水の匂いだけが残った




あれから、たまに駅の方へ向かう事があったが、もう彼女を見かけることは無かった

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