僕は輝いている
可惜夜
8月12日 プロローグ
「まもなく、白沢前、白沢前です」
僕以外には誰もいないバス内に運転手の声が鳴った。
長くバスに揺られていたこともあり、夢うつつとしていた僕はハッとして降り支度を始めた。
白沢、というのは僕の母の実家のある山間の田舎村のことだ。夏は盆ということもあり、例年通り、僕は母と共に実家のある白川に帰省することになっていた。
しかし、母の仕事が忙しくなってしまい、一足先に僕一人で実家に向かうことになったのである。
ふと窓の外に目を向けると、生い茂る木々がすべて後ろに流れてゆき、ちょうど景色が開けたところだった。大きく拓けた盆地を分断するように、真ん中に美しい川が流れていて、そして周りにはこの地域伝統的な家屋がところどころに点在している。
田舎の大自然の良さをそのまま体現したそれは、毎年見ているとはいえ息をのむほど美しい故郷の景色だった。
まだ僕が小さかった頃の、まだここに住んでいた頃の記憶がフラッシュバックした。友達に連れられ、川で泳いだり森の中で昆虫を探したり、いろんなことをしたっけ。危ないことをしたり悪ふざけをして怒られたのもいい思い出だった。
今思えば、その頃が僕のこれまでの人生で一番輝いていたように思う。
それに比べて今は。
輝かしく懐かしい景色と思い出を前にして、わずかに浮足立っていた心の奥がすっと冷めていくのを感じた。
だがしかし、この期に及んで過去に縋ろうなどというのは、あまりにも醜く、今の自分が惨めになってしまうだけでしかない。
それもそのはずである。僕はここに、
死にに来ているのだから。
僕は輝いている 可惜夜 @Atarayo_0312
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