功罪と賞罰
天洲 町
前編
コバエを殺した。テーブルの上のティッシュで手についた死骸を拭き取り丸める。
チラリとゴミ箱に目をやると中には何に使ったか忘れたティッシュ、空のペットボトル、チョコレートの包み。まだまだ入る。前方1メートル、障害物はなし。
「よっしゃ、これ入ったら……橋本環奈は俺のこと好き」
部屋の端っこの箱に向けてティッシュを投げた。ゆるい放物線を描いて白い玉は浮かび上がりちょうど頂点の辺りでピタリと止まった。
止まったのである。
「どう思う?君、これ入ると思う?」
一体どこから来たのか気がつくとゴミ箱のすぐ横に妙な格好でやたらに長い杖を持った男が立っていた。
あまりにも突飛な状況で全く理解は追いつかなかったが意外にも会話は普通にできるもので、
「えっ……あーまぁ入るとは思う、思います」
「なるほどね、じゃあ橋本環奈は君のことが好きになるんだね」
「いやっそれは……えっ、ていうか誰?」
不思議だという感情がやってきたのは質問に返した後だった。
「僕はねえそうだね、君たちでいうところの神様かな。ちょっと面白そうな事をしてる人間を見かけたから時間を止めて遊びにきたのさ」
わけのわからない男はさらに続ける。
「神の真似をするなんて面白い人間だね。それで、外れた時の罰はなんだい?」
「罰? そんなのはないですけど……」
「無い? おやおやそれはいけない。この世は賞と罰が釣り合ってなきゃ。橋本環奈に好かれるってのはどのくらいのことなんだい?」
この時点で俺の頭はこの奇妙な世界に順応していた。というよりも制御から外れた位置あると言った感じだろうか。誰も乗っていない自転車が高速なら立っていられるような、そんな感じだ。
「そうですね……橋本環奈に好かれてたらヤンキーに絡まれても全然喧嘩してやりますね。俺の女に手ェ出してんじゃねえ! みたいな」
「なるほど、じゃあそれだね。君はこの白い丸いのがこの箱に入らなかったらヤンキーとかいうのに絡まれる。そして喧嘩せざるを得ないようになる。これでいいね?」
「は?」
あまりに馬鹿馬鹿しい話だが宙に浮いたままのティッシュがそれに現実味を帯びさせる。マイナスにマイナスをかけるとプラスとはよく言ったものである。
大体なぜそんな理不尽を受けなければならないのだ。いままでの人生でほとんど喧嘩したことないのに初戦がヤンキーでは勝ち目がない。勝ち目がどうとかの前に痛い目にあいたくないし、怪我したら治療費とか次の日から社会的にやばくなるとかどうしてくれるんだ。
しかし大切な事を忘れていた。神と名乗る男に俺は確かめた。
「その条件呑んだらティッシュが入るだけで橋本環奈が俺のこと好きになるんですか?」
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