その日まで一緒に

山田維澄

第1話 一人と一匹

 ボクは生まれなからに“ハンター”だった。

 尖ったキバに鋭いツメ、そして真っ黒な毛並み。たくさんいる兄弟の中で、ボクだけが真っ黒な毛並みを持って生まれてきた。この真っ黒な毛並みは、闇夜によく紛れる。おかげで、ボクは夜の狩りで一度も失敗したことがない。だから、ボクは生まれながらの“ハンター“なんだ。

「見ろよ、ブラックタイガーだ!」

 周りのネコたちは、ボクをブラックタイガーと呼ぶが、ネコであるボクにトラを意味するタイガーと名付けるセンスは如何なものかと思う。たしかにトラはネコ科だが、ボクがトラに見つかればものの数秒で喰われてしまうだろうに。

 ボクも彼らも人には飼われていない、いわゆるノラネコだが、ボクは彼らとは違う。ボクは人間からエサを貰わない。人間が嫌いで、人間に体を触られるのはもっと嫌いだからだ。一度、無理矢理触られたことがあった。せっかくの綺麗なボクの毛並みがぐしゃぐしゃにされて最悪な気分だった。もう二度と触られてたまるか! それもあって、ボクは人間からエサを貰わない。

 ボクは川で魚を捕ったり、人間から得物を盗んだりしながら生きている。断っておくが、これはエサを貰っているのとは違う。

 ボクは誰の力も借りずに生きていく。まさに、一匹オオカミだ。トラなのかオオカミなのか判然としないが、ボクはネコだ。

 だから、前足を怪我したときは死を覚悟した。大食漢のカラスとケンカしたんだ。獲物には逃げられたわ怪我をしたわで最悪だった。まったくひどい話だ。

二足歩行の人間は手に怪我した程度でと思うかもしれないが、生憎ボクは四足歩行のネコだ。これでは速く走れない。獲物を捕らえられない。つまり、死ぬのだ。でも、これが自然の摂理だ。ボクが魚を食べていたように、ボクも何者かに喰われる。それでいい。それが、ボクに相応しい。

「おまえ、ケガしてるのか」

 ボクが目を閉じてじっとしていると、そんな声が聞こえてきた。ボクは人の言葉は分からないから、何て言っているのか理解出来ない。だから、無視をしようとした。しようとしたら、いきなり持ち上げられた。独特の浮遊感。暴れようとしたら、傷が痛すぎて無理だった。

 ボクは人間になすがままにされた。生き恥を晒すようなものだった。それこそあのまま死んでいれば、こんな恥を晒すことはなかったというのに。

 人間はボクを一つの家へと連れていった。ボクの縄張りとは少し遠いせいか、見知らぬ場所だった。人間はボクの怪我を手当てしてから、ボクの目の前に白い何かが入った器を置いた。

「さ、お食べ」

 食べろと言っているのだろうが、得体の知れないものを食べる馬鹿はいない。ボクはネコなのだから当然だ。

 ボクは意思表示としてそっぽを向いた。人間に触られるのは嫌だったから、体ごと逸らすことはしなかった。

「これはお気に召さなかったかな」

 何かを呟いて、人間は器を下げた。しばらくすると別のものを出してきたが、結局ボクには得体の知れないなにかであることは変わらなかった。ボクは変わらずそれを無視し続けたが、人間はいろいろと得体の知れないものを用意した。まるで、ボクが何かを食べるのを待っているようだった。困っている姿が哀れになって、仕方がなく一番魚の原型を留めているものを食べてやった。そう、これは仕方がなくだ。こんなどことも分からない家でのたれ死ぬのは本意ではない。

「よかった。おまえはそれが好きなんだな」

 何と言ったのか分からなかったけど、一応礼を言った。当然向こうも何と言ったかは分からないだろうが。

「おまえも、一人なんだな……」

 また何かを呟いた人間に、ボクは今度は返事をしなかった。

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