「聖女とは婚約破棄する、OK?」「OK!」(ズドン!)~王太子、神様怒らせたってよ~

優暮 バッタ

触らぬ神に祟りなして言ってるのにわざわざ触りに行く人間何なの?



「聖女フィリア!! お前との婚約は破棄させてもらう!!!」




「………承りました、バッジ殿下」






ドガァァァァン!!!






「「「ぎゃぁぁぁぁぁ?!」」」








 ごきげんよう皆様、私わたくしはオモテシール王国勤務の聖女フィリアと申します。早速ですが第三次大戦です。もとい、大惨事で大変です。




 本来であるならば王太子殿下の婚約パーティなので盛大な祝いの席だったはずなのですが、どうしてこうなったんでしょうか。




  この国の王太子ことバッジ殿下が私に婚約破棄を突きつけた瞬間パーティ会場の天井が強烈な落雷で崩壊し瓦礫が降り注いできました。バッジ殿下が周囲に連れていた貴族令息の方々が軒並み瓦礫によって床のシミになりました。バッジ殿下も頭から血を流してます。バッジ殿下の隣に居た……よくわからないふわふわした女性も足が潰れたらしく、めちゃくちゃにもがいてます。あ、瓦礫が……床のシミが増えました……






 と、パーティ会場の無くなってしまった天井から、もうもうと舞う土埃を押しのけるようにして黄金の光が二つ天から降り注ぎ私の前に降り立ちました。現れ出でたるは獅子を模した兜に黄金の鎧で身を包む騎士と、見上げるほどの体躯を持ち騎士と同じく黄金の鎧に身を包む巨漢の闘士でした。二人は私へとゆっくり歩み寄り、そして驚くべきことに跪いたのです








『神々の大王の子にして姫君フィリアノール様。大王近衛四騎士、龍狩りの騎士レオンシュタイン、及び闘士ドスコイ。天上世界よりお迎えに上がりました』




『あ、あがりました……ウス』






 幻想的なエコーがかかった声で騎士様たちは私を呼びます。神々? 大王の娘? 情報の洪水で頭が真っ白になってしまいました。私があわあわしていると、バッジ殿下が頭を押さえながら喚き散らします






「き、貴様フィリア!! これは一体どういうことだ?!」




「さ、さぁ……私にもとんとわかりません」




「ウソをつけぇ!! 貴様がそのバケモノを呼び込んだのだろう?! やはり貴様は聖女ではなく魔女 『ドズゥゥゥゥン!!!!!』 ……ひぃ?!」






 バッジ殿下が私への冒涜を言い終わる前に、ドスコイと紹介された騎士が片足を垂直に横から上げ、思い切り地面を踏みしめました。その衝撃でバッジ殿下は舌を噛んでしまったようで悶えています。




そういえば極東で『スモウレスリング』と呼ばれる闘技があるそうで、その闘技の中の一つに対戦相手を威嚇する技、『シコフミ』に非常によく似ていました。極東との貿易帰りの船乗りたちの間で流行っているそうです。一度拝見しましたが、巨漢同士のぶつかり合いは非常に迫力がありました。問話休題。






『お前に発言する許可は与えていない。黙っていろ人間、さすればそれだけ長く生きられる』






 殿下の方へ目を向けることもせず言い放つ獅子兜の騎士レオンシュタイン様。ドスコイ様も鎧の下からわかるほどの鼻息をフスーと大きくふき出しています






「あの……レオンシュタイン、様?」




『なんでしょうか、フィリアノール様』




「私、神様の娘などではありません。平民の家に生まれ両親が死に、孤児として修道院で過ごしてまいりました。聖女をやっているとはいえ、神のように奇跡を起こすことなどできません。精々が時々下りてくる神託をこの世界に伝えるだけで……何かの間違いなのでは?」




『いえ、間違いなどではございません。貴女様は遠い昔、大王が人族との友和の証に地上に降り立った紛れもない神々の一族の血を引くもの。そして貴女様は永き輪廻の果て、最初に地上に降り立った神々の生まれ変わりなのですよ。だからこそ常人では理解できない神々のおろした神託を聞き分け、それをヒトの言葉に咀嚼し伝えることができるのです』






 衝撃の事実です。そういえば以前調べたのですが、過去神託を伝えることのできる聖女は数いれど、私のようにはっきりと神々の願いや言葉を表すことのできる聖女はいなかったようです。私の数少ない自慢でした






「で、ではなぜ今このタイミングで私を迎えに来たのですか?」




『ご説明しましょう。神々の大王、つまり貴女の御父上は人族と結んだ盟約が果たされたとき、地上から全ての神を天上に帰還させるという盟約を結んでいたのです』




「その盟約とは……」




『神々に代わり地上を人族に任せるという盟約です。無論、ちゃんと人族が自立できるようになるまでは神々も手を貸すというものでしたが』




「その盟約が、今果たされたと?」




『はい。神族である貴女様を排することで、ヒトは一人立ちを果たしました。もう地上に神々の加護は必要ありません。神託ももう下ろす必要性はないのです』




「と、と言うことは私はお役御免……ということですか?」




『地上ではそうなります。ですが、天上界では違います。貴女のご家族の皆様が貴女の存在を必要としています。一足先にご帰還された貴女様の妹様であるヨルシカ様、そして弟であるドリン様が首を長くしてお待ちです』






 家族。天涯孤独の私に本当の家族がいたなんて知りませんでした。仲良くできるでしょうか? そんなことを思っていると、バッジ殿下が叫ぶように激昂しました






「ま、待て!! 勝手なことを言うな!! フィリアはこれからもずっと我が王国のために神託を聞き続けなければならない!! そして俺の下で王国の繁栄を約束する義務がある!! それが聖女のはずだ!!」






 バッジ殿下のあまりの独りよがりな言動にレオンシュタイン様も少々呆れ半分困惑半分といった反応をしています。






『自立を宣言しておいて何を……』




「それは俺たちではない、過去の人間の理屈だ!! 今を生きる俺達のために聖女は義務を果たさなければならない!! この国の王となる俺の元で!!」




『……では貴様はフィリア様を飼い殺すと? 愛玩動物のように?』




「違う!! 俺のために死ぬまで働ける栄誉を……」






 その時だった。耳をつんざく轟音が辺りに響き、パーティ会場が一瞬にして崩壊し瓦礫すらも残らぬほどバラバラになった。残るは人と神だけ。空には暗雲が立ち込め、はるか上空では絶え間なく雷が怒りの声を上げている。ここにいない人族は稚拙ながらも感じ取っていた。




 神々の逆鱗に触れたものがいる、と






『貴様……よりにもよって神々の大王の愛娘たるフィリアノール様を、人族の都合で使い潰すと? 貴き神々の血筋を色濃く受け継ぐ神の子たるフィリアノール様を、奴隷のように使い潰すと?!』






 レオンシュタインの黄金の鎧に蒼白い雷が迸り、その雷の『バチリ』という胎動に合わせて空気も震えている。バッジは最早言葉も発することも身動きも取れず、彼の股からは生暖かい液体が染み出してきた






「れ、レオンシュタイン様、どうか……」




『レオン!! やめろ、フィリアノール様が……』




『黙れドスコイ!! こいつは、こいつは!! 誇り高き神々の血脈を奴隷にするとのたまったのだぞ?! これは人族から神族に対する宣戦布告と同義だ!! 神々の力を借りて成し遂げた繁栄を、神と共に歩んできた友たる古き人との盟約に、こいつは汚泥を塗り付けたのだ!!』






 一際大きな轟音が響くと、レオンシュタインの手には巨大な剣槍が出現していた。刃は黄金に輝き、絶え間なく走る蒼白い雷を侍らせている。






『お、落ち着け、レオンシュタイン!! フィリアノール様が怯えておられる!!』






 ドスコイの声にハッとしたのか、レオンシュタイン様は剣槍を消し再び私に跪きました。兜で表情は見えませんが、声色からしてとても狼狽していらっしゃるようです






『も、申し訳ございませんフィリアノール様! この失態、どう贖えば……』




「い、いえ、私は大丈夫です。その、私のために怒ってくださってありがとうございます。私なんかのために心を痛めてくださるのは高潔な心の現れだと思います」




『おぉ……寛容なお言葉、感謝に耐えません』






 恥じ入るように頭を下げるレオンシュタイン様。私のために怒ってくださっているのが、少々不謹慎ですが……嬉しく思ってしまったのはここだけのお話です。と、魔力が動く気配がしました。刹那、そこには修道服を身に纏い月の王冠を被った方が現れていました。






『随分と手間取っているな、龍狩りのレオンシュタイン。まさか貴様ほどの騎士が人間風情に手を焼いているわけでもあるまい?』






 中性的な顔と声ですが、恐らく男性でしょうか。修道服に身を包み、手に持つ銀色の杖は蛇が何重にも絡み合ったような飾りがなされており、よく見れば下半身がラミアのような蛇になっています。人族にはありえない魔力をお持ちである点や、レオンシュタイン様とお知り合いということは、この方も神族でしょうか? と、無表情だった彼がこちらを見て表情を一転させました






『おぉ、貴女がフィリアノール様……ボク……もとい、私の姉様!! やはりお美しい……』




「はい、確かに私がフィリアノールですが……貴方はもしかして、ドリン様?」




『おぉ、姉様がボクの名を!! レオンシュタイン、お前が教えたのか? よくやった!! そうです、ボクが貴女の弟である神々の末子、新月夜シンゲツヤの神ドリンです!! あぁ、お会いできて本当に嬉しい!!』






 私に会えたのが本当に嬉しかったのでしょう。先ほどまでの無表情から一転、喜色一色に染まった表情で出会いを喜んでくれました。と、一呼吸おいてドリン様はコホンと咳ばらいをします。






『コホン、失礼。さて、これから姉様には選択してもらわねばなりません。神としての権能を取り戻し私達と共に天上界へと戻るか、神の血を捨て人として生きるか』




「私は……」






 ふと考えました。私はこの世界に必要なのかと。残念ながら聖女として神託を下ろす仕事は、盟約が果たされたことによってなくなってしまいました。バッジ殿下は間違いなく神族としての私を求めるでしょう、ですが人間の世界に残るということは私は正真正銘の人間へとなることになります。私の能力はおそらく私の中の神の血に由来するものですから、それが無くなれば私はただの女なのです。




そんな私を殿下はどうするでしょうか? 先ほどの殿下の荒れ様、間違いなく私の未来は明るいものではありません。となれば選択肢は一つです。




聖女わたしとて、命は惜しいのです。死んでしまえば為すべきことも為せません。使命が亡くなった今、私は必要とされる場所に行きたいのです






「私を連れて行ってください、ドリン様。必要とされなくなるなら、私は必要としてくれる人のもとへと行きたい」




『ドリン、と呼び捨てにしてください姉様。私は貴女の弟なのですから』






 少々幼さの残る顔に喜びを浮かべ、ドリン様は私を受け入れてくれました。ドリンは懐から何かを取り出します。それは楕円上の白い何かの塊でした






『さて姉様。こちらを』




「これは?」




『姉様が神族としての身体を取り戻すためのもの。神の在り方、その権能。それが封じ込められたもの……神性の魂塊コンカイです。これを貴女が砕けばその身に神性を宿せます。姉様はまだ人としての蛹サナギに入ったままなのです。これを割り砕けば姉様は正真正銘の神族として羽化することができます』




「なるほど……」






 淡く輝くソレはとても美しく、吹けば消えてしまいそうな儚さを持っているが、どこかその光は強く美しく感じます。矛盾していることを言っていると思いますが……自分の語彙力のなさに少々悲しくなります






『さぁ、姉様』




「はい。では……キャッ?!」






 魂塊を受け取り、砕こうとした瞬間私に何かがぶつかってきました。その衝撃であろうことか魂塊を取り落としてしまいました。慌てて拾おうと辺りを見渡すと、そこには魂塊を握りしめ肩で息をするバッジ殿下が居ました。猛烈に嫌な予感がします






「これが……これがフィリアの神の力なのだろう? これさえ、これさえ無くなってしまえばフィリアは……」




「お止めください殿下!!」




「こんなものォォォォォォォ!!!!!」






 バッジ殿下は手にした魂塊を地面に叩きつけ、粉砕してしまいました






「なんてことを……神からの賜りものを、壊してしまうなんて……」




「ハハハハハハハハハハ!!!! これでフィリアは神になれない!! 俺の勝ちだ!!!」




『それはそうとフィリア姉様、これを』






 何のこともなさそうにドリンは懐からもう一つの神性の魂塊を取り出しました。え、それたくさんあるんです?






「なんだとぉぉぉぉ?!」




『先ほどからうるさいぞ小人ショウジン。黙っていろ、貴様の沙汰は後でだ』






 ドリンが蛇の杖をコツコツと地面に軽く打ち付けると、辺りに積もった元は瓦礫の塵が寄り集まって蛇のようにのたうちまわり、バッジ殿下を地面に叩きつけるように拘束してしまいました。






 元パーティ会場の床は瓦礫の塵で埃っぽく、未だ潰された被害者たちの血の匂いが立ち込めているので殿下は激しくせき込んでいます。叩きつけられた痛みもあるでしょうが






「あの、その魂塊? ……は大事なものなのでは?」




『これは姉様が天上界へ行くための道標のようなもの、所謂いわゆる仮初の神性を宿すものです。姉様の神性の本体は天上界に保存してありますよ』




「あ、そうなんですか……」




『ドリン様、そろそろ参りましょう』




『おっとそうだな。では姉様、今度こそこれを』




「はい」






 レオンシュタイン様に促され、神性の魂塊を改めて手に取ります。楕円形の白い塊は、どこかそれは暖かくそして冷たいようにも感じる不思議な感触をしています。両手できゅ、とそれに力を込めると魂塊は簡単に割れ、そして砕けた粒子が私の胸の中へと吸い込まれて行きました。なんだか体が少し軽くなったような気がします






『では行きましょう。我々は貴女を迎えるためにここに来たのですから』






 ドリンの言葉が終わると、あれだけ怒声を上げていた空が一気に晴れ渡り、一筋の光が私たちに降り注ぎました。次の瞬間には、私は天上の世界へとたどり着いていました。




 今までありがとうございました、人間の世界。私は必要とされるこの天上界で、人間たちを見守ろうと思います










―――― ―――― ――――








『さてレオンシュタイン』




『ハッ、ドリン様』




『卑しくも姉様の魂塊を砕いた小人、どうしてくれようか』




『あの小人の罪はそれだけではありません。あの小人はフィリアノール様をあろうことか奴隷のように使い潰す気でいたようです。我々があの時いなければ……』




『…………新月夜の騎士団を派遣する。根こそぎ滅ぼせ』




『僭越ながらドリン様。その戦列に私とドスコイを加えていただけませんか』




『……フフ』




『ドリン様?』




『いや。一先ずは大王に報告だ。部隊編成はそれからでも遅くなかろう。おそらくあの小人の国に神族の武力が全て集結するだろうな。それはお前たち近衛四騎士も例外ではなかろう。大王は特に姉様を気にかけておられた。他の者たちにも伝えておけ、いつでも出陣できるように準備をしておけと』




『はっ』










 数日後、とある国に空前絶後の大破壊が起こった。それは神代の終焉と人の時代の始まりを告げる大きすぎる鐘の音だったのだろう。






この世界で最初で最後の神々の怒り。それを覚えているものはもういない

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「聖女とは婚約破棄する、OK?」「OK!」(ズドン!)~王太子、神様怒らせたってよ~ 優暮 バッタ @zaregotobatta8390

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