第15話 エミリオ商会

 あれから三か月。俺はエミリオに言われるままに各地を転移させられた。

 その土地にしかない食材や工芸品、織物、医薬品、魔物の素材といった特産品を安く仕入れて、それを欲するであろう遠方で高く売る。

 それは商売の基本だがそれだけじゃなく、エミリオは情報を早く仕入れて臨機応変に対応していた。


 どこかの街が城壁を広げようとしていると聞けば、鉱山に転移で向かって石材を仕入れて、すぐに売りつける。美食家の貴族が珍味を欲していると聞けば、転移でそれを買いに行って同じように売りつけた。

 とにかく情報の収集力と精度が凄まじく、それに対する動きが速かった。

 彼の頭の中にはどこに何の特産品があって、どこでなら一番高く売りつけることができているかわかっているのだ。


 それに持ち前の容姿と優れたコミュニケーション力で取引先とも即座に懇意になることができた。

 それにより人の輪が広がり、さらなる情報が入ってきて有利に動くことができる。

 王都で最初に俺と会った時に宣言していた、一日で金貨五十枚以上稼ぐという目的はあっさりと達成。


 今ではさらなる収益を上げて、俺の日当も金貨百枚以上になっていた。

 たった一日で日本円にして百万以上だ。月で計算したらいくらになるか、考えるのもバカらしい金額だ。

 しかし、そんな収益の陰には俺という空間魔法使いが小間使いのように働いた事実がある。

 それはもう何度も何度も転移をやらされた。

 冒険者ギルドで届け物の依頼や、冒険者の転送をやっていたのが温く思えてしまうほどの酷使っぷりだった。


 エミリオという奴は商売に貪欲で、その辺りの妥協はしなかった。

 まあ、こっちもそれなりに高い報酬を貰っているから、納得してやっていたんだけどな。

 そんな収益を上げるエミリオ商会は大きくなり、王都の一等地に立派な店を構えることができるようになっていた。従業員も増えたし、棚には様々な商品で溢れている。

 最初に見た王都の外れにある仮店舗とは雲泥の差だった。

 ここ最近は神出鬼没のエミリオ商会と呼ばれたり、エミリオ商会に用意できない品物はないとまで言わしめるまでになっている。


 まあ、それは俺の転移による移動のせいだけど、その実態を知っているのはエミリオとロドニー少年、そして極わずかな従業員のみだ。

 ここまで大きくなると俺の転移に頼らずとも、エミリオ商会は品物を仕入れることができるようになってきた。


 まだ急激に拡大した商会なので、安定とまではいかないが何年かすれば盤石なものになるだろう。

 今の俺の役割は、転移がないとどうしても仕入れることができない品物や、希少品、有力者が迅速に求めている時に出向くことが多くなっていた。


 今も俺の魔法がないと難しいものを仕入れにやってきている。

 バレリオ火山でしか採れない鉱石類を掘り出し、加工する鍛冶町バレイン。

 多くの職人がここに工房を構え、あるいは修行にやってきたりする場所でもある。

 通りを歩くと多くの武具屋が並んでおり、あちこちで鉄を叩く音が聞こえてくる。

 アルデウス王国でも有数の鍛冶町だからか、それを求めて多種多様な種族が集まっている。

 中でも多いのが武芸を嗜んでいる騎士や、冒険者、傭兵といった存在だろう。

 各々が良質な武器や防具を手に入れるために店を渡り歩いている。

 王都とは違った方向で活気のある町だ。

 そんな人の行き交う道を進んで、俺は見知った工房に入る。


「ザルムさん、いつも通り仕入れにきましたよー」


 中に入ると、受付で様々な種類の鉱石をモノクル眼鏡で鑑定しているドワーフがいた。

 彼はこちらに気付くと、そっと鉱石を受付台に置いた。


「……また、エミリオの使いか」

「ええ、エミリオ商会のクレトです。バレリオ火山で採掘した鉱石とか余っていたりします?」


 そう、ザルムは鍛冶師でありながら、自ら材料となる鉱石や貴金属を採掘する強者なのだ。

 ザルムは採掘の腕もとても良く、質のいいものを掘り出してくるので、ここでの鉱石類の買い付けはこの工房で済ませることが多い。


「そろそろくると思って多めに採掘しておいた。奥の保管部屋に置いてある。欲しいものを選んだら声をかけろ」

「いつもありがとうございます! では、失礼しますね!」


 在庫もきちんとあり、ザルムからの許可もとれたので遠慮なく保管部屋にお邪魔させてもらう。

 すると、そこには数多の鉱石や貴金属、宝石といったものが箱詰めにされていた。

 見た事のないような色鮮やかな水晶や宝石から真っ黒な鉱石まで。様々な種類のものが溢れている。見る人が見れば宝の山だろう。

 これはザルムの採掘の腕が良く、肥沃な鉱脈の眠るバレリオ火山だからこそ採れたものだ。


「ただ、ここまでやってくるのがしんどいんだよなぁ」


 標高の高い場所にあるので向かうのが面倒な上に、山をいくつも越えなければいけない。

 ここにやってくるまでに危険地帯を経由しないといけないので、商人がやってくるにはそれなりの腕を持った冒険者を長期間雇わなければいけない。

 それでも無事にたどり着ける保障もできないので、おいそれと今の商会が迎える場所ではなかった。

 でも、転移を使える俺なら別。そういうわけで、ここの商品を仕入れる時は俺が駆り出されるのである。


「えーっと、確かエミリオに頼まれたのはプラチナムダイトにエレキウム。それにミスリルか……」


 エミリオに頼まれてメモをして品々を確認しながら、室内にある鉱石と見比べて確認。


「うん、どれも全部揃ってるな」


 それらがきちんとあることを確認した俺は、ザルムの所に戻って欲しい物を告げた。


「……全部で金貨百二十枚だ」

「ええ、それで構いません」


 エミリオが予想していた金額とほぼ同じだ。こういった細かい見積もりもできるのだから、うちの商会長は恐れ入ってしまう。

 言われた通りの金額の入った皮袋を渡すと、ザルムがそれをしっかりと確認していく。


「……問題ない。好きに持っていけ」

「わかりました。ありがとうございます!」


 保管部屋に入って買い付けたものを亜空間に収納していく。さすがに鉱石類になると、一人で持ち運ぶのは不可能だからな。


「それじゃあ、確かに受け取ったので失礼します」

「……まったく、今日も手ぶらか。毎度毎度、どうやって運び出してやがるんだ」

「企業秘密です」


 訝しみ視線を向けてくるザルムにそう言うと工房の外に出る。

 そして、人目のつかない適当な路地に入ると、エミリオ商会に転移。

 すると、薄暗い路地から高級なカーペットの敷かれた品のいい室内へと風景が変わった。

 ここはエミリオ商会の執務室。

 俺やロドニーをはじめとする限られた者しか入ることのできない部屋だ。

 そして、そこには商会の主であるエミリオがイスに座って書類仕事をしている。


「エミリオ。ザルムさんから頼まれていた品物を仕入れておいたぞ」

「助かる。奥の保管部屋に置いておいてくれ」

「わかった」


 俺が室内に転移してくるのも慣れたもので、エミリオは特に驚く様子もなく書類を見ながらそう言った。

 執務室の奥にある保管部屋に入ると、収納しておいた仕入れの品物を取り出して置いた。


「置いておいたぞ。これで今日の仕事は終わりか?」

「ああ、今日はこれで十分さ。報酬はそこに置いてあるから持っていってくれ」


 執務テーブルの上にはたくさんの金貨が詰まっているらしい皮袋が置いてある。

 さっき買い付けに使った金額以上の報酬が入っている。あれらの品をそれ以上に高く売りつけて、収益を上げることができのだろうな。


「しかし、俺たちの商会も大きくなったものだな」


 報酬の入った皮袋を亜空間に放り込み、執務室の窓から外の光景を眺める。

 王都の大通りに面している一等地だけあって、とても眺めがいい。

 外を歩いている人々が一階にある商店スペースに吸い込まれるように入っていくのがよく見えた。


「そうだね。でも、まだまだクレトに頼り切りの状態さ。それじゃあ、クレトを縛り付けることになってしまうから早く何とかいないとね」

「ここ最近、エミリオが忙しくしているのはそれが理由か? 確かに自由がいいとは言ったが、そこまで重荷に感じていないぞ?」


 エミリオや商会の人たちには良くしてもらっている。確かに一か所に縛り付けられるのを当初はよしとしていなかったが、今ではそこまで苦痛に感じていない。

 エミリオは最初こそ酷使してくれたが、そこからは俺に自由を与えた上で稼がせてくれているからな。


「本当に? それじゃあ、一生ここで働いてくれるのかい?」

「それとこれとは話が別だ。俺にそこまでの覚悟はない」

「それは残念。うちの商会で骨を埋める気になったら遠慮なく言ってくれよ?」

「もうちょっとマシな言い方をしてくれよ」


 商会に骨を埋めるなんて、まるでワーカーホリックじゃないか。


「とはいっても、クレトも生きていくには十分なお金を持っているだろう? ここから先はお金を稼ぐというより、どう人生を楽しく彩るかが重要だ。それについては決めているのかい?」

「確かにそれについては決めていないな……」


 異世界にやってきて四か月の月日が経過した。当初の予定よりも大分早いスピードでお金を手に入れた。

 生活を安定させたら次はどうするのか? それについて、しっかり考えていなかった気がする。


「まあ、それを決めるのはクレト自身さ。僕としては、この商会を世界一のものにするっていう野望があるから、その一助になってくれると嬉しいね」


 神妙な空気が流れる中、エミリオは実に気楽な様子でそう語った。

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