第10話 新しい仕事のやり方


 ギルドの前では上空から一瞬でギルドの前に戻ってきた俺たちを見て、冒険者たちがざわついている。

 この状況を作り出したのが目の前でへばっている三人ではなく、平然と立っている俺の仕業だとわかっているのか多くの冒険者たちがこちらに注目していた。

 新しいビジネスを売り込むには今がチャンスだ


「御覧の通り、俺の魔法は長距離を一瞬で移動することができます」

「長距離を一瞬で移動する魔法だって? そんなの聞いたことがねえよ」

「でも、そうでもないとさっきの状況は説明がつかなくないか?」


 そんな魔法は聞いたことがないのか、冒険者たちが怪訝な声を上げる。

 ギルドの職員も聞いたことがないと言っていたので、やはり空間魔法はかなり稀少か、俺だけの魔法という可能性が高いな。


「ここで皆さんに提案です。皆さんの移動を俺にサポートさせていただけませんか? お金をお支払いいただければ、可能な範囲でとなりますが一瞬で目的地までお送りさせてもらいます」


 そう、新しい俺の稼ぎ方は冒険者を目的地まで送ることによって報酬を得るもの。

 一瞬で場所を移動できるというのは大きな魅力だ。転移さえ使えば、別に自ら足を運んで依頼をこなす必要はない。冒険者を転移で送り迎えするだけで十分稼げる。

 命や気力を削って魔物と討伐する冒険者にこだわりや気概もないので、俺にはこういう方が合っている。


「仮にそれができたとしてアンタとアタシたちにどんな得があるんだい?」


 俺の提案を聞いて、勇ましく尋ねてきたのは赤髪の女性冒険者だ。

 その周りに固まっている仲間らしい姿も見える。

 こちらの話を一番興味深そうに聞いているパーティーだった。


「冒険者は遠方地まで向かう労力と時間を節約でき、俺は送り迎えをするだけでお金を稼ぐことができます」

「でも、送り迎えする度にお金をとるんだろ? いくらなんだい?」

「距離に応じて変化しますが、開業サービスで一パーティー片道銀貨二枚からの予定です」

「銀貨二枚か……」


 銀貨二枚と聞いて、赤髪の冒険者が渋い顔をする。

 通常、乗り合いの馬車を使えば一人銅貨二枚程度で移動することができる。

 つまり、四人でも銅貨八枚で移動できてしまうのだ。高いと思ってしまうのも仕方がない。

 しかし、それは転移で移動することのメリットを明確に理解していないからだ。

 正直、この能力の便利さを考えるともっと釣り上げてもいいくらい。

 しかし、価値のわかっていない冒険者を相手にそのような値段設定をしても誰に見向きもされないだろうしな。


「確かに高いように思えますが転移を使えば、乗り合い馬車で数日かかるところでも一瞬で移動できます。遠方故に敬遠していた高額依頼を複数こなし、その場でしか採れない素材を採取して売り捌けば、十分にパーティーとしての利益は出ます」


 転移で移動する度にお金は貰うが、その先々で魔物を討伐し、その土地にしかない素材を採取して売る。

 俺が転移で届け物をやったように単価の高い依頼を一日で複数こなせば、今まで以上の稼ぎを得ることが可能だ。


「……では、僕たち『雷鳴の剣』が依頼しましょう」


 誰もが怪しい商売を見るような視線を向ける中、最初にそう言ったのは赤髪の冒険者の隣にいる眼鏡をかけた細身の男性だった。

 どうやらパーティーの頭脳役のようなものを担っている人かもしれないな。


「ありがとうございます!」

「レイド、本気かい!? なんかこれ裏がありそうじゃないか?」

「この男のやろうとしている商売がもし本当なら、僕たちが大きく飛躍できるチャンスかもしれません」

「その理由は……?」

「今は言えないです。それを言うと周りの奴等も気付きますから」


 どうやら、この眼鏡の男性は転移で移動することのメリットに気付いているらしい。


「変なことをしようとしているならぶん殴るまでだ!」

「……レイドがそう言うんだったら、いいことなんだと思う」


 ガタイのいい仲間が物騒なことを言い、眠たげな顔をした少女がどうでも良さげに言う。


「まあ、皆がそう言うんだったらやってみようじゃないか」

「ありがとうございます」


 こうして、俺の転移を使った新しい商売の顧客第一号の誕生だ。



 ◆



「改めましてクレトといいます」


 依頼してくれることになった冒険者たちに俺は名乗る。


「『雷鳴の剣』のリーダーをやっているロックスという」


 最初にそう名乗ったのは獅子のような髪型をしてガタイのいい男性だ。

 金属質の鎧を身に纏っており、背中には巨大な戦槌のようなものを背負っている。

 こうして近くでみると、身長が百八十センチ以上あってかなりの圧迫感を抱く。


「アタシはヘレナだ」


 短めの髪をした赤髪の女性だ。

 気の強そうな顔立ちをしているが、男装の麗人といった感じで美人だ。

 宝塚とかにいそうなイメージだけど、そんなことを言ってしまえば怒りそうだ。

 革鎧や金属製の部分鎧をつけており、腰には立派なショートソードを佩いている。


「僕はレイドといいます」


 落ちついた口調で名乗ったのが眼鏡をかけた銀髪の男性だ。

 ローブのようなもの杖を持っていることから魔法使いなのだろう。


「……私はアルナ」


 相変わらず眠たそうにしているピンク色の髪をした少女。

 身長は百五十センチもないくらいに小柄だが、それ以上の長さをしている杖を持っている。

 レイドと同じくローブを着ているが、多分どちらかが回復役だろうな。

 冒険者のパーティーで回復役がいることは結構多い。そっちが回復役かはパーティーとして戦闘に参加しない俺からすればどうでもいいことだ。


「それでレイド。アタシたちが飛躍できるチャンスっていうのは?」


 ずっと気になっていたのだろう。ヘレナがうずうずといた様子で尋ねる。


「……それは簡単です。クレトさんに目的地まで送ってもらえれば、安く多くの依頼をこなせるからです」

「おいおい、安いって銀貨二枚もかかってるぞ?」

「僕たちが通常通り乗り合い馬車で行っても、日々の食事や、消耗する道具の費用を考えると移動には銀貨二枚に近い費用がかかっているんですよ」

「む? そうだったのか?」

「マジか」

「はぁ……あなたたちはもう少し日々の生活にかかる費用に目を向けてください。僕

が一人で管理しているんですから」


 レイドがそう愚痴を漏らすと、ヘレナとロックスが気まずそうに目を逸らした。

 アルナに関しては無言だ。

 どうやらパーティーの資金運用や管理は全部レイドがこなしているようだ。疲れ切った言葉を聞くと、同情せずにはいられない。


「そのことを考えると、銀貨二枚で一瞬で送り届けてもらうのは安いくらいです。彼の言っていた通りに時間の節約もできますし、遠いが故に二の足を踏んでいた依頼もこなせます。何より、僕たちは疲れることなく万全な状態で魔物に挑める」


「……楽ができるのはいいこと。素晴らしい」


 レイドの最後の言葉を聞いて、アルナが強く反応した。

 どうやらこの少女、面倒くさがりらしい。


「でも、そんな上手い話しならどうして他の奴等は依頼しないんだ?」

「パーティーの資金管理をしている冒険者は少ないので、この事実に気付いている人が少ないのでしょう。後は気付いても踏み出す勇気がない」


 ヘレナの疑問にレイドはきっぱりと答える。

 前者が六割、後者が四割といったところだろうな。野次馬している冒険者たちの反応を見るとそんな感じだった。


「ですので、僕たちが一番乗りになって早いところ荒稼ぎしちゃいましょう。そうすれば、壁のように思えたAランクも夢じゃありません」

「なるほど、冒険者たるもの冒険しないとな!」

「じゃあ、早速依頼を受けるか! クレト、どの場所までなら送ってくれるんだ?」

「国外でなければ大抵の場所にはいけますよ。あまりにも危険な場所のど真ん中までは無理ですが」


 届け物の依頼をかなりこなしてあちこち飛び回ったので、そう自負できるくらいに移動範囲は広がっている。


「わかった。それじゃあ、俺たちが依頼をもってくるからいけそうな奴を見てくれ」

「わかりました」


 こうして俺の転移を使った、初めての仕事が動き出した。

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