しせん

「笑舞ちゃん、ワタシの仕事に同行してもらってごめんね!」

「いえ、ワタシが自分の意思で同行を志願しただけなので気にしないで下さい」

 部費の給付申請を行っている部活動が給付された部費を申請書通りに使用しているかを抜き打ちで確認している道中で、ワタシは何者かの視線を感じました。

「柚鈴先輩、少しだけ休憩にしませんか?」

「そうだね! おやつの時間にしようか! 今日は先輩が奢っちゃうよ!」

 柚鈴先輩は笑顔でそう告げると、十数メートル先にある売店ではなく部活終わりの生徒が利用できるように午後八時まで開いている学生食堂へ向かっていきました。

「ワタシはラーメンセットにするけど、笑舞ちゃんは何にする!」

「柚鈴先輩、結構がっつり食べるんですね。ワタシは自動販売機で飲み物を買ってくるので」

「遠慮しないでよ! デザートも付けてあげる!」

「では、デザートだけ」

 遠慮をしてそう言っている間もワタシは先ほどと同じ視線を感じ続けていました。

「遠慮しなくて良いのに! 好きなものを選んでいいよ!」

「ショートケーキを」

「わかった! 席に座っていて!」

「わかりました」

 ワタシは学食の出入り口からは死角になる位置にあるテーブルを選んで座りました。視線は途中まではついて来ましたが、ワタシが柚鈴先輩と別れてからは柚鈴先輩だけに向けられていました。

「笑舞ちゃんお待たせ!」

「ありがとうございます。でもすいません。クラスメイトが緊急の用事があるとかで少し席を離れます。戻るのが遅かったら、ショートケーキ食べてしまっても良いので」

「大丈夫! ちゃんと残しておくから安心して行っておいで!」

 好物であるショートケーキを一口も食べずに行くのは心苦しいですが仕事のために我慢しました。

「下手な尾行は余計目立ちますよ」

 普段から尾行の天才集団ほうどうぶを相手にしているワタシは視線の主にそうアドバイスを与えました。

「こ、小柳橋さん! こ、これは違うんだ。ストーカーではなくて……」

「あなたの普段の行いからそのような事をする人物ではないことはわかっています。何か理由があるのでしょう? ここでは言い難い事もあるでしょうから場所を移しましょう」

 ワタシは同級生の倉敷颯さんを連れて学生食堂に最も近い空き教室へ彼を案内しました。

「熱心に柚鈴先輩を見ていたようですが」

「バレていたのか」

「柚鈴先輩は気が付いていないようだったので安心してください。それで、柚鈴先輩を見ていた理由は?」

「言わなきゃダメか?」

 颯さんはワタシから視線を逸らして二年史以上の女子生徒を魅了するほど整った顔を紅く染めました。

「申し訳ないですが、現場を目撃してしまった以上は理由を聞かないわけにはいかないので」

「そ、そうだよな」

 颯さんはそう呟くと、覚悟を決めたように深く深呼吸をしました。

「早川先輩に声を掛けたくて……。でも、何を話せば良いかわからなくて」

「それは意外ですね。颯さんと言えば誰とでも仲良くできるイメージがありました」

「小柳橋さんの言う通りだけど、早川先輩とは出来ないんだよ」

「柚鈴先輩ではできない? 何故ですか?」

「す、好きだからだよ。早川先輩が」

 顔をゆでたタコのように真っ赤に染め上げてそう宣言する颯さんを見て私は申し訳ないことをした気分になりました。

「そうですか……。なるほど」

「い、今の外に漏れてないよな?」

「大丈夫だと思います。それにしても驚きました」

「オレの気持ち理解してもらえるよな?」

「ワタシには理解できないですが、恋というのはそう言うものなのだという事は知っています」

 言った通り、ワタシは恋する感情はわかりませんが颯さんはナナが会長に、明日香先輩が会長に抱いている感情と同じ感情を柚鈴先輩に対して抱いているというのは感覚でわかりました。

「そうだ! 小柳橋さん、オレと早川先輩の仲を取り持ってくれないか?」

「ワタシが、ですか?」

「あぁ、同じ生徒会役員だし、さっきも楽しそうに話していたし。駄目か?」

 ワタシは少し悩みました。ここまで悩んだのは生れて初めてでした。

「わかりました。その代わり、先ほどのような行為は以後慎んでください」

「本当か! ありがとう。取りあえず、連絡先を交換しよう。オレはいつでも連絡してきてくれて構わないから」

「は、はぁ」

 機嫌を良くした颯さんに言われるがままワタシは彼と連絡先を交換して、今日は解散することになりました。

「お帰り!」

「戻りました」

「笑舞ちゃん、良いことあったでしょ!」

 ワタシはいつも通りの表情でいるはずでしたが、ワタシが席を離れている間にラーメンを三杯も食べていたらしい柚鈴先輩はそう言ってきました。

「何もないですよ」

「そっか! それじゃあ、仕事を再開する前にもう一杯!」



生徒会議事録

 笑舞、携帯を気にしているみたいだったが、何か予定でもあったのか? 芹沢

 予定があったのならごめんなさい。海が定時を過ぎても長々と話をしていたせいで。 明日香

 予定はありませんが、ワタシそんなに携帯を気にしていましたか? 申し訳ありませんでした。明日以降気を引き締めます。 笑舞

 今日はちょっと気になっちゃっただけだよね? 美沙もそういう時あるから気にしないでいいよ。 美沙

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