生徒会擬似録

姫川真

りっこうほ

せりざわかい

「やあ、芹沢君」

 休み時間に廊下を歩いていると不意に上級生から声を掛けられた。二年生の教室があるフロアに上級生、つまり三年生がいることはほとんど有り得ない事なのだが、目の前にいる先輩、明才高等学校生徒会長の先本千景先輩は例外だ。

「会長、おはようございます」

「あぁ、おはよう。少し、立ち話をしても良いかな?」

「はい。でも、俺なんかで良いんですか?」

 会長との接点など全くなかったので、芹沢海という一男子生徒が会長と一対一で立ち話が出来るなんて思いもしなかった。

「誰でも良い訳では無いのさ。私がある程度知っている男子生徒である必要があるからね」

「でも、会長と話すのはこれが初めてですよね?」

「確かに、私と君が話すのはこれが初めてのはずだよ。でも、君のことは知っているよ。生徒会には君の幼馴染が二人も在籍しているからね」

 幼馴染の二人、生徒会副会長の春風明日香と同じく書記の福品美沙の事だ。明日香はともかく、美沙とは小学校からずっと同じクラスというある意味腐れ縁のような関係で仲が良いというほどでの関係ではないが。

「主に君の事を熱く語ってくれるのは明日香の方だけど」

「俺の悪口か何かですか? あいつ、何かにつけて俺を敵視してくるので」

「確かに、君をライバル視するような言動は多いけれど私がよく聞くのは君を褒めるような言葉が多かったはずだよ。だから私は君に会いに来た」

「明日香が会長に俺の話をするのと会長が俺に会いに来たことにどんな関係が?」

「おっと、これは失礼。前置きが長くなってしまったね。では、本題に移ろうか」

 会長は気持ちを入れ替えるようにコホンと小さく咳ばらいした。

「芹沢君、もうすぐ生徒会選挙があるのは知っているでしょう?」

「はい、誰が会長の跡を継ぐのか今から話題になっています」

「今から話すことはあくまで先本千景個人としての提案なのだけど、芹沢君に生徒会選挙に立候補してもらいたいの」

「俺がですか?」

「えぇ、明才高等学校が共学化して二年目を迎えて、生徒会としては男子生徒の意見も踏まえた学校生活を作っていきたいと考えているの。でも、ただ待っているだけでは男子生徒は立候補してくれないでしょう? だから、私が個人的に明才高等学校を率いて欲しいと思って芹沢君に声を掛けたの」

 会長の目は真剣そのものだったが、俺はすぐに答えを出せそうには無かった。

「これはあくまで私の個人的なお願いだから、強制はしない。ただ、少しだけ考えてみて。私からは以上です。貴重な休み時間をごめんなさい」

「こちらこそ、わざわざすみません」

 それ以上の進展は無いまま、俺は会長との初めての会話を終えた。


 会長に生徒会選挙の立候補を提案された翌日。俺の在籍している2年3組の教室では生徒会選挙の立候補者を募っていた。

「もうすぐ生徒会選挙期間ですが、このクラスから立候補者がいれば挙手をお願いします。まずは、生徒会長の立候補者から」

 選挙管理委員に所属する大谷知子という女子生徒が特定の2名……言うまでもなく現在生徒会に所属している明日香と美沙を見つめながら淡々とそう告げていた。

「はい」

 その声に誰も驚く事は無かった。しっかりと挙げられた右手の持ち主である明日香はジッと知子さんを見つめていて、その目力に怯んだ知子さんはサッと視線を逸らし……俺と目が合った。

 その視線に気づいたのか明日香も俺の方を見つめ俺の目をジッと見つめて来た。まるで、俺に何かを、俺に立候補しろと言わんばかりに。

「生徒会長への立候補者は春風さんだけでよろしいですか?」

「異議なし」

 誰かの言ったその言葉と共に教室中から明日香へ向けて拍手が送られた。俺も明日香へ拍手を送ろうとしたつもりでいたのだが、その手は天井へ向けて伸びていた。

「芹沢君、何か異議が?」

 教室中の視線が俺に向けられ声を出すのも恐ろしいほどだったが、そんな中で立った二つの優しい視線が俺の背中を押した。

「俺も生徒会長に立候補します」

 その言葉を口にした途端に教室からは音が消え、秋風が舞わせた落葉が教室の窓に当たる音だけが俺の耳に届いた。

「異議があれば……」

「異議なし!」

 知子さんの発言をかき消すようにまだ手を挙げたままの明日香が力強く告げた。

「では、2年3組からは春風明日香さん、芹沢海君の二名が生徒会長立候補という事でよろしいでしょうか?」

 他の誰でもない明日香が異議を唱えなかったからだろう、異議が唱えられるような事は無く、俺と明日香に拍手が送られた。




 人生にはいくつかのターニングポイントがあるだろうが、この日は間違いなく俺の人生を大きく変えるターニングポイントだった。

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