妖刀小話

 私は一振りの刀である。銘はない。ないが、ヒトは私を『妖刀』と呼ぶ。

 私は今、とある町のとある資料館に収められている。透明な箱の向こうからいろいろなヒトたちが毎日のように私を眺めに来る。そう、私は眺められるだけだ。あいつと違って。

「かたなさん、こんにちはー!」

「はい、こんにちは。今日はどないしたんや。遠足か?」

「そうだよ!かたなさんを見にきたの!」

「おうおう、えぇ心がけやないの。いくらでも見て、俺から学んでいきや」

 この資料館には妖刀が二振りある。私と、今まさに園児たちと言葉を交わしているもう一振りだ。今日もあやしい関西弁を流暢に操っている。ちなみにあいつが作られたのは今でいう関東の端の方だ。

「ねぇ、かたなさんはどうしておはなしができるの?」

「それなぁ、自分でもよう分からんのやけど、とりあえず妖刀やかららしいで」

「ようとう?」

「せや。妖刀の『よう』はよう喋るの『よう』なんやで。一つ勉強になったな」

 今日もまたいいかげんなことを……。私はあいつのこういうところが嫌いだった。

「こっちのかたなさんはおはなししないの?」

 園児の一人が私を指さして言う。

「そいつはヒトと喋るんがあんま好きやないみたいなんや。勘弁したってや」

 ……私は本当にあいつが嫌いだ。私はあいつとは違う。

 あいつは常に誰かを守るために振るわれてきた。持ち主に恵まれていたのだ。ひるがえって、私を振るった持ち主たちは皆『妖刀』としての私を望む者ばかりだった。無論、『よう喋る刀』ではない。『妖しいまでによく斬れる刀』としての私だ。彼らは私を使って多くを斬り捨てて、もれなく最後は自滅していった。

 そんな私がヒトたちと楽しく話せるはずがない。ここにいる園児たちならなおさらだ。私には命を奪った話しかできない。あいつのように胸を張って語れる武勇伝などありはしないのだ。そもそも私にもあいつにも胸などないが。

 園児たちが去り、資料館に人影がなくなる。そのタイミングを見計らってか、あいつが声をかけてきた。

「なぁ」

「なんだ」

「自分、なんでヒト前で話さへんの?あの子たちも、自分と話できたら喜ぶで。多分。知らんけど」

「私には、ヒトに語る言葉がない。語る必要もない」

「おかたいなぁ。俺以外に友達おらんやろ?」

「それも必要ない」

「これやで。ほんま暗いやっちゃな。自分がどんな使われ方したかなんて、もう過去の話やん。考え過ぎやで」

「お前こそ、私たちの本分を忘れてはいないか?私たちは斬る物だ。明日斬るかもしれない相手と言葉を交わすことに私は意味を感じない」

「そんなこと言って、ほんまは話したいと思ってるやろ?俺にはお見通しやで。おんなじ刀、それも妖刀やもん」

「くどい!」

「おーこわ、怒られてしもた」

 それっきりあいつは黙った。その時、この資料館の館長が音もなく展示室に現れた。

「またケンカですか?」

 館長はニコニコしたままあいつの方に尋ねた。

「聞いてぇや、館長さん。こいつ今日もウジウジ考えて子どもたちに声かけれんかったんやで」

「そうなんですか?」

 私は無言で返した。

「せっかく役目を終えたあなた方です。今ぐらいは好きに生きればいいと思いますがね」

「そもそも俺らって、生きてるって言えるんやろか?」

「それは難しい問題ですね」

 そんな風に館長とあいつがやり取りを交わしている間も私は一言も発しなかった。

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