Real Wild Child
109th Klesha
プロローグ
おれたちは、車を走らせる。
無言のまま、目の前に続く道を睨みつけて走っていく。
長く、どこまでも伸びるハイウェイ。
時折現れる看板に、次の街の名前が見える。
だがおれたちの目的地はそこじゃない。
おれたちはどこに向かって走っているのか。
この道は、どこに向かって続いていくのか。
そんなこと、誰にも分からない。
この先に何かある。
そう信じて、
おれたちはただ走り続けている――。
「そういえばさ……新しくできたバーガー屋があるだろう。大学の近くのさ、最近リニューアルした駅ビルの下んとこの」
高速道路。街へと向かう、小さくて狭い中古車の中。唇の端に煙草をくわえたフジが唐突に言い出した。
「駅ビルの?」
マサが後部座席から眠たげな声で答える。さっきからどうも静かだと思ったら、どうやらウトウトとしていたらしい。
軽く伸びをしながら、欠伸混じりにマサは続けた。
「西門から少し歩いたトコか?」
「そう、そこだ。食ったことある?」
「いや……まだねえな……」
「肉がな……匂うんだよ」
「匂う?」
「タカは? 食ったことねえか?」
フジが唐突に、助手席に座るおれに話を振ってくる。
「あるよ。おれもそう思ってた。ありゃ何の匂いだ?」
おれもフジと同じように感じていた。肉に独特の匂いがあるのだ。
「その話だよ。あのな、おれ思ったんだけど……」
そう言うと、フジは煙草の煙を、半分程開けた窓の外に向かって吐いた。窓から漂い出た途端に幻のように消え去る紫煙に、音速で飛翔する戦闘機の翼端から尾を曳くヴェイパートレイルを、頭の片隅で思う。
おれはフロントガラス越しの路面から、運転しているフジの横顔に視線を移した。灰皿で煙草をもみ消し、フジは続ける。
「……あの匂い、あれは……肉の匂いなんじゃねえか?」
「そりゃあわかってるよ」
あまりに当たり前なフジの学説に、おれは思わず吹き出した。
「いや、だからさ、あれが肉本来の匂いなんじゃねえかって思うんだ、おれは」
フジはじっと路面を凝視しながら、頭の中、というよりは鼻の奥で、肉臭いバーガーを思い出しているかのようなしかめっ面だ。
「なるほど……肉本来の匂いね……」
肉の匂い。
そう言われれば確かにそんな気もしてくる。
牛という動物の、肉や脂から放たれる匂い。
人間に家畜として飼い慣らされ、野生動物である事を忘れた牛が最後に見せる、獣としての己の主張なのかもしれない。
「ふむ……てこたあ、むしろ他のバーガー屋の肉の方が異質なのかもな」
それまで後部座席に長々と足を乗せて寛いでいたマサが足を降ろし、運転席と助手席の間に顔を出しながらおれとフジの会話に割り込んできた。
「肉から肉の匂いがするのは、考えてみりゃ当たり前の話だろう。であれば、匂わない肉のほうが、逆に不自然だ」
そう言いながら、マサはじっと前を見つめていた。自分で運転しているかのような、真剣な眼差し。
「春休みが終わったら行ってみるか。おれも、その肉の匂いとやらを感じてみたい」
そういうマサの表情はなぜだか楽しそうだ。まるで動物好きな少年が、生きている牛に会いに行こうとしているかのようだ。
「春休みが終わったら、か……。こないだ始まったばっかな気がするけどな……」
高速が混み始め、フジはわずかにアクセルを戻した。主のペダルワークに健気に、そして敏感に反応するフジの愛車。
「明日からまた学校か……めんどくせえ……」
ため息混じりにつぶやきながら、ハンドルから右手を離し、シャツのポケットから煙草を取り出すと、居酒屋のロゴがプリントされた百円ライターで火を点ける。
「フジ、おまえいきなりサボるなよ? あんまり休むと、後々キツイからな」
マサが後部座席に背中を預けながら言った。
「わかってるよ」
フジが煙をひと息吐きながら生返事をする。
「初日は新人の勧誘もあるし」
「はいよ」
「新しいメンバー候補と会う約束もある」
「ああ」
「……くそ、二泊三日じゃもの足りないな」
「そうだな」
大学の音楽同好会。三十人近くいるメンバーの中で結成したバンドの三人組。
練習も兼ねての春休み旅行に出たはいいが、楽器になんか触りもせずに、温泉にばかり浸かっていた。
二泊三日の旅でわかったことといえば、やはりロックバンドにはベーシストが必要だという事と、箱根は思ったより近く、良い旅館も結構あるという事。それに肉には肉本来の匂いがあったほうが、むしろ自然だという事。
春とは名ばかりの、少し肌寒い午後。もうすぐ辺りは薄暗くなってくる時間だ。
季節はあっという間に過ぎていくのに、おれたちにはやらなければならない事が多過ぎた。
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