第97話 間違い

1週間の自宅待機期間を終え、職場復帰したんだけど、基本的にはほとんど3人。


木村君は親会社へ頻繁に行っているため、全体の指揮はユウゴ君が取っていた。


木村君とは、朝一にほんの少しだけ会うこともあれば、1日会わないこともあり、少しだけ寂しく思っていた。


木村君とほとんど会わないまま、あっという間にタイムリミットの3月に。


この頃になると、簿記も大分思い出してきたんだけど、内示の事をどうするかは全く決められないでいた。


何も決められないまま日々が過ぎ、タイムリミットまであと1週間に迫った、3月最後の土曜。


夕方過ぎに携帯が鳴り『木村君』の文字が浮かび上がっていた。


木村君から電話が来るのはかなり久しぶりだし、ここのところ、親会社ばかりに行っていたから、声を聞くのも久しぶり。


胸を弾ませながら電話に出ると、木村君は「今家の前に居るからすぐ出てきて。桜見に行こうぜ」と、いきなり言ってきた。


急いで準備をし、家の前に出ると、木村君は車の運転席に座り、窓を開けて「早く行くよ」と。


急いで車に乗り込むと、木村君は「ついさっき今日って聞いて、用事切り上げてきちゃった」と言いながら笑っていた。


「大丈夫なんですか?」


「ん?逃げるが勝ちって言うじゃん。たぶん大丈夫」


木村君はそういうと、車を発進させた。


話しながら車に揺られ、木村君は実家の敷地内に車を停めた。


歩きながら桜を眺めていると、自販機の前で立ち止まり、ガードレールに寄り掛かった。


「時間になったら、自販機の電気が消えるから、ここが一番綺麗に見えるんだ」


「そうなんですね」と言いながら待っていたんだけど、自販機の電気が消えることも、花火が打ちあがることもない。


それどころか、人の流れが私たちの視線とは、正反対の方向に向かっていた。


木村君は腕時計を見て「あれ?おかしいな…」と小さく呟いたんだけど、打ちあがる気配もなければ、自販機が消える気配もない。


木村君は少し考えた後「聞きに行くか…」と言い、二人で初詣に行った神社の近くにある公園に向かった。


公園の中は、屋台が立ち並び、人でごった返している状態。


木村君は、真っすぐに焼きそばの屋台に向かい、焼きそばを焼いているおじさんに話しかけていた。


「おっちゃん、今年花火あるって言ってたよな?」


「おお!だいちゃん!この前、俺間違えててさぁ、花火、来年だってよ」


「はぁ!?マジで??」


「マジマジ。大マジ。来年だってよ、悪いな。ところであれ、彼女かい?」


「そそ。花火やるって聞いたから連れてきたのによぉ」


「悪かったって!お詫びにこれ持ってけよ」


屋台のおじさんはそう言うと、木村君に焼きそばとキンキンに冷えた缶ビールを

2つずつ手渡してきた。


木村君は笑いながら私の元へ戻り「あそこのベンチで食うか」と言い、私用のお茶を買った後、ベンチに座った途端ビールを飲み始めていた。


何も気にせず、もらった焼きそばを食べている途中、木村君は2本目のビールに口を付けた。


話しながら食べているときに、ふと「ビール飲んじゃダメじゃないですか?」と聞くと、木村君は「あ!やっべ!間違えて2本も飲んじゃった…」と言いフリーズ。


思わず顔を合わせた後、お互い噴き出し「電車があるうちに帰りますよ」と言うと、木村君は「ごめんな。俺浮かれてたわ」と言い笑い始めていた。


焼きそばを食べ終わった後、二人で屋台を巡っていると、スーパーボールすくいの水槽の角に、小さなあひる形をしたゴム人形の、首から先が埋もれていて、水流で流れてきたスーパーボールが、ガスガスとあひるの胴体にぶつかっていた。


木村君にその事を言うと、木村君は屋台のおじさんに向かい「おっちゃん、こいつ可哀想だから助けていい?」と聞き、おじさんは「おお!だいちゃん来てたんか!持ってっていいぞ」と言い、小さな金魚袋を木村君に手渡し、木村君はあひるの人形を救出。


袋の中にあひるを入れ、「美香が気付かなかったら、あのまま潰されてたかもな」

と言いながら、私に手渡してきた。


『初めてのプレゼントかも』と思うと、必要以上に嬉しくなってしまい、「ありがとうございます!」と言った後、あひるを見ているだけで、自然と顔が綻んでいた。

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