第71話 便乗

週末の定時前になると、さっさと後片付けを始めていた。


木村君とユウゴ君、ケイスケ君も時計を見てさっさと後片付けをはじめ、真由子ちゃんは「何かあるんですか?」と聞いてきた。


けど、返事をする人は誰もおらず、黙々と後片付けをするばかり。


「聞いてるんですけど!」と、真由子ちゃんが強い口調で言うと、木村君が「仕事以外の用事」とだけ言い、資料室に向かっていた。


定時になると同時に、更衣室へ行こうとしたら、真由子ちゃんに先を越されてしまい着替えることが出来ず…


仕方なく休憩室でずっと待っていたんだけど、真由子ちゃんはなかなか出てこなかった。


「早くしてください」と声をかけても、返事はないし、出てこようとはしない。


『あゆみちゃんみたく強引に中に入る? でも、すごい狭いし、着替えてる時にぶつかるんだよねぇ… 嫌だなぁ』


そう思いながら、待っていると、私服姿の木村君が休憩室に入り、閉まったままのカーテンを見て何かを悟ったようにため息をついた。


木村君が「早くしろよ」と声をかけたんだけど、真由子ちゃんは「何があるか言うまで出ません!」と…


制服のまま行こうかとも思ったけど、鍵を閉めなきゃいけないから、どちらにしろ出られない。


『籠城とかホント勘弁してよ…』と思いながら、けいこちゃんに遅くなることをメールをした。


木村君はため息をつき「美香の実家に行くんだよ。わかったらさっさと出ろ」と、ため息交じりに言っていた。


『え?うち?』と思ったけど、真由子ちゃんは「嘘です!だとしたら、なんでユウゴさんとケイスケさんまで大荷物なんですか!意味が分かりません!」と…


『よく見てるなぁ』と思いながら呆れ返ることしかできず、二人並んでソファに座った。


座ったままで木村君と何度か説得を試してみたけど、全くと言って良いほど出てくる気配がない。


『何かいい方法ないかな…』と思っていると、携帯が鳴り、けいこちゃんから『今駅に着いたとこだよ~ 早くおいで~』と返事が来た。


おいでと言われても、籠城されているからすぐには行けない。


すると木村君が紙に『合わせて』と書いて私に見せてきた。


『何を?』と思っていると、「さっきのメール、お母さん?」と聞いてきて、私に目で合図し、紙をポケットにしまっていた。


『話に合わせろってこと?』と思いながら「うん…」とだけ言うと、木村君は「参ったな… レストランの時間大丈夫か?」と…


頭の中のはてなマークを抑えながら、会話に便乗することに。


「ん~…」


「かなりやばいよな… もう待ってるよな?」


「う、うん…」


『何の話をしてるんだ?』と思いながらも、話に合わせていると、木村君が突然「少し目立って来たか?」と…


「…なにがですか?」


「お腹。美香は酒もたばこもやらないから安心してるけど、働きすぎだけは気を付けろよ?」


「へ?」


「へじゃなくて。いつもそうやって誤魔化すんだから。あんまり心配かけんなよ?もう一人の体じゃないんだからさ」


「何を仰っているのかさっぱり…」


「とぼけなくてもいいだろ?でもホント、ベッドで口説きまくった甲斐があったよ。こうしてやり直せたし、家族まで増えるんだぜ?高校の時からの念願が叶ったし、幸せすぎてマジやばいって」


全くと言って良いほど、理解がついていかず、黙って俯くと、木村君は私の方に腕を回し、小声で「美香…こっち向いて」と甘く囁いてくる。


するとカーテンが勢いよく開き、真由子ちゃんが赤い顔をしながら「どういうことですか!」と、怒鳴りつけるように言ってきた。


木村君は私の方に腕を回したまま「そういう事。これ以上しつこくするようであれば、弁護士に相談する」と言い切り、真由子ちゃんは足音を立てながら休憩室を後にしていた。


「…あの、どういうことですか?」


「ん?あゆみに面白い話聞いたから、誇張して話しただけ。しっかし合わせるの下手すぎだろ?一瞬焦ったぞ?時間無いから早く着替えてきな」


『あの子はホントに…』と思いながら更衣室へ行き、急いで着替えを済ませた。

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