第64話 嫌がらせ

残業を命じられ、応接室からデスクに戻り、作業を開始した。


仕様書の納期を見ると、全然余裕があるし、難しい案件でも何でもない。


『こんなの嫌がらせじゃん… 早く行きたいなぁ…』


そう思いながら作業をし、1つの作業が終わった後、木村君にチェックをお願いする。


チェックをしてもらっている間、更衣室に行き、けいこちゃんに電話をした。


「ごめん、残業になっちゃった」と言うと、けいこちゃんは「社畜乙。遅いから先に大介のOPやってたよ~。 あ、かおりさんも残業で、こっち来るの遅くなるって言ってたから電話してみなよ」と。


けいこちゃんにそう言われ、すぐにカオリさんに電話すると、カオリさんは「何時になるかわかんなけど行くつもりだよ。乗っていく?」と聞いてくれたので、「お願いします」と言い電話を切った。


電話を切った後、携帯をポケットに入れ、更衣室を出ると、休憩室に居たケイスケ君が「なんか用事あった?」と聞いてきた。


「まぁ…ちょっと…」と言うと、ユウゴ君が「怪しい行動ばっかりとってるからなぁ。理由聞いても何も言わないし、嫌がらせされても文句言えないんじゃね?」と…


小さく溜息をつき、自分のデスクに戻ると、木村君は「OK。次これな」と、新しいファイルを手渡してきた。


しばらくすると、ユウゴ君とケイスケ君が帰宅し、事務所には木村君と二人きり。


黙々と作業を続けていると、木村君が髪に触れてきた。


急いで作業をしたいのに、髪に触れられると気が散ってしまう。


「あの… 急ぎの案件なんですよね?」と聞くと、「いや、嫌がらせの案件。何してるか言わないからお仕置き」と…


「用事があるんですけど…」と言うと「どんな?」と聞かれてしまい、言葉に詰まってしまう。


木村君の手を気にしないようにしばらく作業をし、作業を終えた後でふと見ると、終電の時間がとっくに過ぎていた。


木村君は動画をチェックし終えると、「OK」の言葉で立ち上がる。


休憩室に行こうとすると、「飯行かない?」と切り出してきた。


「すいません。これから迎えが来るので」


「誰?」


「カオリさんです」


「カオリってあの?」


「そうです」


しばらく黙ったままでいると、「仲良すぎないか?この前も会ってたろ?」と…


「ダメですか?」


「ダメではないけど、もし、あの人と揉め事があったら、契約もなくなることになるから、控えたほうが良いんじゃないか?」


木村君の言うことには一理ある。


けど、かおりさんとの間に限って、それはないと思う。


でも、もし、何かがきっかけで喧嘩をし、契約まで無くなってしまったら…


経営者として、心配なのはそこなんだろう。


そう言われてしまうと、今まで楽しくやってきたことの何もかもを否定されているような感じがした。


俯いたまま黙っていると、木村君は優しく私を抱き寄せ「そんな顔するな」と、耳元で囁いた。


『そんな顔するな』と言われても、全てを否定されてしまったら、そんな顔にもなってしまう。


『遊びで始めたプロジェクトの事、正直に話す? 聞いたら絶対に怒るよね… もしそうなったら、今度こそ、この会社に居れなくなるかもしれない… 浩平君のように退社を余儀なくされるかもしれない。 どうしたらいいんだろう?』


いろいろな考えが頭を過っていると、携帯が震え、木村君はそっと手を離した。


ポケットから携帯を取り出し、画面を見ると『カオリさん』の文字。


電話に出てすぐ「カオリさん、すいません。まだ会社です」と言うと、かおりさんは「え?そうなんだ。社長いる?変わって」と。


木村君に携帯を差し出すと、木村君は携帯を耳に当てた。


木村君が「もしもし、お電話変…」と言いかけると、向かいに立っている私にもはっきりと聞こえるほどの怒鳴り声が、木村君の言葉を遮った。


「いつまで仕事させとんじゃボケがあああ!!!さっさと帰せろや!!!成金のボンボンだか何だか知らねぇけどなぁ!こんな時間まで仕事させてんじゃねえぞこのドアホ!!!嫌がらせのつもりかこのカスがぁぁぁぁぁ!!!」


『あ、怒ってる。ご愁傷さまです』と思っていると、木村君は平謝りした後、電話を切り、携帯を私に手渡しながら「あの人怖すぎない?」と、顔をひきつらせた。


「めっちゃ怖いですよ?カオリさんに喧嘩売ろうなんて思わないし、あんな調子だから、揉め事があるとこっちが折れるしかないんです」


「あ… そうなんだ… 急いで帰ったほうが良いと思うんだけど、送っていこうか?」


「いえ、大丈夫です。かおりさん、車で来てくれてるんで」と言いながら休憩室に行き、急いで着替えた後、事務所を飛び出した。

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