第50話 誤解

あゆみちゃんがあっさりと『限局性健忘』と『系統的健忘』を受け入れたことに少しの疑問を抱いたけど、『嘘だと言われ、自分の現状を否定されるよりはマシ』そう考えていた。


誰も教えてくれなかった『木村君が3年間片思いしていた』事や、『告白する前に卒業した』事、『潔癖だ』と言う事を考えると、『元カノではない』とは思うんだけど、『キスをした』と言うことを考えると、ますますわからなくなってしまう。


あゆみちゃんは、自分の都合がいい時に泊まりに来て、ユウゴ君から仕入れた情報を教えてくれるように。


あゆみちゃんもはぐらかされているようで、決定打になるような情報は一つもなかった。


けど、木村君が『バスケ部にいて、マネージャーに片思いしていた』と言うことと、『マネージャーが二人いたこと』、『そのうちの一人は私』と言う事だけでも、貴重な情報だと思う。


情報が入れば入るほど、知りたい気持ちを抑えきれず、必死に思い出そうとすればするほど、頭痛がしてしまい、薬に頼る日々。


『最近、薬飲みすぎだなぁ… 少し控えなきゃ』


そんな事を思いながら、毎日を過ごしていた。



事務所内では相変わらずと言うかなんというか…


浩平君と真由子ちゃんがイチャイチャし続け、真由子ちゃんは浩平君が居なくなると木村君にべったり。


時々イラっとすることもあったけど、そんな時はヘッドフォンをし、自分の世界に入るようにしていた。


そんなある日の平日。


前日にあゆみちゃんが泊りに来ていたんだけど、あゆみちゃんは化粧ポーチを忘れて行ってしまった。


出勤前にあゆみちゃんにメールをすると、あゆみちゃんは『ごめ~ん。後で会社行くから持って行って~』と、絵文字がたくさん散りばめられたメールが来た。


『承知~』とだけ返信をし、出勤したんだけど、あゆみちゃんのメールは止まることなく、事務所に入ってからもメールのやり取りをしていた。


何気ないメールのやり取りをしながら休憩室に入ると、木村君とユウゴ君がソファに座っていた。


挨拶をした後、メールを見ると、あゆみちゃんからハートがたくさん散りばめられた『大好き!愛してる!』の文字。


思わず顔が綻んでしまうと、ユウゴ君が「何朝からにやけてんだよ?」と言われてしまった。


「何でもないです」と言ったんだけど、ユウゴ君は引き下がらず「男?」と聞いてきた。


「違います」と言ったんだけど、ユウゴ君は私の手から携帯を取り上げ「大好き。愛してる」と読み上げた後、「男じゃねぇかよ」と…


「違います!これは…」と言いかけると、木村君は無言で休憩室を後に。


ユウゴ君は「なんだ、あゆみか」と言い、携帯を返してきた。


始業時間になり、作業をしていたんだけど、木村君は真剣に手を動かすばかり。


真由子ちゃんが話しかけると、無言でヘッドフォンを着け、手を動かすばかりだった。


相談したいところがあったので、木村君の肩を叩くと、木村君はヘッドフォンの片耳を外した。


「ここなんですけど」と言いかけると、「任せる」と短い返事をし、ヘッドフォンを戻してしまう。


『そんなに忙しくないのに機嫌悪いなぁ』と思いながらも作業を続け、定時間際。


後片付けをしていると、あゆみちゃんが事務所に入ってきて「美香っちごめ~ん」と顔の前で手を合わせてきた。


「ううん。もう終わるからすぐ取ってくるね」と言うと、あゆみちゃんは「ホント大好き!愛してる!」と…


するとユウゴ君が「お前さぁ、朝っぱらから美香に『大好き』だの『愛してる』だのって脂っこいメールすんのやめろよ。見ただけで胸焼けしたわ」と、うんざりするような口調で言っていた。


あゆみちゃんは「はぁ?別によくね?本心だし。つーか他人のメール勝手に見てんじゃねーよばーか」と悪態をつき、従妹同士の言い合いが始まってしまった。


『同レベル…』と思いながらも休憩室に行くと、木村君が休憩室に入ってきた。


「なぁ、今朝のメールってあゆみ?」


「そうですよ?どうかされました?」


「そ、そうなんだ… 最近仲いいんだな」


「何度も泊まりに来てますし」と言った後、ポーチを持って事務所に戻ると、あゆみちゃんとユウゴ君は『バカバカ』言い合っていた。


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