第43話 災難
ケイスケ君に道連れにされた翌日の朝。
出勤し、休憩室に入ると、木村君がソファで横になり、ユウゴ君はその向かいでなぜか逆さまになっていた。
背もたれに足を乗せて、ソファの座面に背中を付け、力なく頭を垂らしている。
あまりにもだらしのない格好に、挨拶を忘れ「なんていう格好してるんですか?」と聞いた。
「ん?ずっと座りっぱだったから足がむくんじゃってさぁ」と言い、動こうとしない。
ただでさえ通路が狭いのに、足が邪魔して更衣室に行くことができず。
「あの、通れないんで、足退かしていただけますか」と言うと、ユウゴ君は足を上にあげた。
どこかの映画で見た光景に『バカだ…』と思いながら通路を通ると、ユウゴ君は「ガシッ」と言いながら足を下げ、挟まれてしまった。
「…何してるんですか?」
「捕獲」
「邪魔です。退かしてください」
「退かせるもんなら退かしてみろ」
そう言われ、無理矢理前進すると、ユウゴ君は情けない声を出しながら横になり、木村君は笑っているだけだった。
『朝から気分悪いわぁ』と思いながら更衣室に入り、カーテンを閉める。
コートとニットを脱ぎ、ワイシャツを手に取ると、あゆみちゃんの「美香っち~開けるよぉ」と言う声が耳に飛び込んできた。
慌てて「え!?ちょっと待って!!」と大声で言ったんだけど、無情にもカーテンが開いてしまい、慌てて前を隠してしゃがみ込む。
あゆみちゃんは「あ、着替えてたの?」と言ったまま、カーテンを閉めてくれなかった。
「いいから閉めて」と言ったんだけど、全く聞く素振りもなく、カーテンを掴んだまま「この前のプリン、ありがとね。マジおいしかった!」と…
「お願いだから閉めて!」
「えーいいじゃん。ピンクのブラかわいいよ?」
「言わないで!」
「いいじゃん。減るもんじゃないし。それよりあのケーキ屋って高いんでしょ?プリンっていくらだった?」
「後で教えるから!!」
叫ぶように言うと、木村君が「いい加減、閉めてやれよ」と言い、あゆみちゃんはやっとカーテンを閉めてくれた。
あゆみちゃんは笑いながら「ごめんごめん。疲れちゃっててさぁ。介護なんて慣れない事やるもんじゃないね。まぁやるしかないんだけどさぁ」と話し始めた。
「そんなに具合悪いの?」
「んん?ボケてんだよ。認知症。静かにしてくれればいいんだけど、キレるんだよねぇ。財布の金取ったとか、急に奇声を上げて物投げてきたりさぁ。この前なんか、ちょっと目を離したすきに徘徊して事故って、しばらく車いす生活だったんだよ?車いすじゃなくなったらまた徘徊するし、私が寝てる間に出て行っちゃうから、夜中でも探し回らなきゃいけないし、ホントやんなっちゃうよ…」
今までそんなに話したことはなかったんだけど、急に自分の身の上話をし始めたあゆみちゃんに、『なんで急に?』と言う疑問が浮かび上がった。
「あのケーキ屋、雑誌でよく見るから、ずっと気になってたんだよね!いつか食べるって思ってたんだけど、介護あるし、遠くて行けないじゃん?美香っちのおかげで長年の念願達成できた!本当にありがとね!」
プリン一つでここまで変わるものか?と言う疑問とともに、『この子チョロいかも…』と思っていた。
「また行ったら買ってきますよ」と言うと、あゆみちゃんは「ため口でいいよ。私の方が先輩だけど年下だし。あ、今度行けそうだったら飲みに行こうよ!」と言った後、私にグイっと近づき、耳元で「社長との事、詳しく聞かせて」と…
「え?」と言うと、また耳元で「まさか路チュウするとはねぇ…」と言い、いたずらっぽい顔で笑いかけた。
『見られてた… 最悪だ…』と思いながら少しだけ空笑いをした後、大きくため息をついた。
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