第38話 点と線
シーンと静まり返った休憩室で、木村君に抱きかかえられたままでいた。
言うつもりはなかったのに、つい本当の事を口走ってしまった。
ケイスケ君は病気の事を理解しているようだったから、『気のせい』と言う言葉で済まされることはない。
木村君とユウゴ君は、私の過去に何が起きたかを知っているようだったし、折を見て話を聞けば、全てわかるような気がしていた。
ふと、木村君に抱きかかえられていることに気が付き「社長、もう大丈夫なんで、離していただけますか?」と聞くと、木村君は私を抱きかかえたまま、「ちょっと外してくれるか?」と、ユウゴ君とケイスケ君に言っていた。
二人は「ああ…」と言いながら、休憩室を後に。
「社長?」と言いながら顔を上げると、木村君は手を放し「薬、飲んだほうが良い」とだけ。
鞄から薬を取り出し、水で流し込むと、木村君は「…何も覚えてないのか?」と聞いてきた。
「全部ではないです。 ただ、社長とその周りにいた人たちだけわからないです」
「うちに来た時、誰が誰かわかった?」
「いえ… なんとなく見たことがあるような無いような感じでした」
その後もポツリポツリと過去の事を質問され、ポツリポツリと答えるだけ。
答えるといっても、質問の内容が、過去の木村君の周辺に起きた事ばかりだったから、ほとんどの答えがNOだった。
「初めて電話した時、俺の事、覚えてた?」
「…すいません」
正直に答えると、木村君は急に近づき、私を抱き寄せたと思ったら、顔を近付け、いきなり唇を重ねてきた。
心臓が飛び跳ねる暇もないままに、長い時間、唇を重ね、木村君はゆっくりと私から離れた。
木村君は私を抱き寄せたまま、寂しそうな目をして「2回目だって、覚えてない?」
と…
「…2回目?」と小さく呟くように言うと、木村君は力なく腕をおろし「…ごめん」と言った後、すぐに休憩室を後にした。
『知ってる。 …私、前に全く同じ事した』
そう思いながら唇に触れると、過去の一部がフラッシュバックされた。
夕方の部室の隅で、木村君に抱き寄せられているワンシーン。
相思相愛とは違い、私は何かに怯えていて、木村君は血の付いたワイシャツを着て、私を強く抱きしめていた。
『私、あの時、木村君とキスした…』
それ以上は何も思い出せない。
何が起きてあの場所にいたのか、何が起きて木村君のワイシャツに血が付いていたのかわからないけど、唇を重ねた過去はハッキリとした記憶に残っている。
『もしかして、木村君と付き合ってた? もし付き合ってたんだとしたら、今まですごく失礼なことをしてたんじゃないの? だからイライラしたり、鍵を渡してこようとしたり、駅まで送ってくれたり、何かを言いかけたり、助けを求めたら走ってきてくれたり…』
そう思うと、無数の点が綺麗に並び、一つの線になろうとしている感じがする。
けど、もしそうだったら、ユウゴ君あたり『元カレ、元カノ』って騒ぐだろうし、どんなに経営が苦しくったって、元カノの私に連絡なんてしないはず。
じゃあどうしてキスしたの?
考えれば考えるほどわからなくなり、さっきまで規則的に並んでいた点は、バラバラに散りばめられてしまった。
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