第32話 懐かしい記憶

落ち込んだまま1日を終え、少しの残業をした後、更衣室でスーツに着替えていた。


着替えている最中も、『MVP… 金一封…』と頭の中で繰り返す。


お金に困っているわけではないけれど、期待度が高かったし、昨夜は何を買おうか悩むほどだったせいか、酷く落ち込んでしまった。


落ち込んだまま休憩室を抜け、事務所に入ると、真由子ちゃんがケイスケ君と浩平君を飲みに誘っていた。


ケイスケ君に「美香ちゃんもどう?」って聞かれたけど、こんな気持ちのまま食事になんて行きたくない。


「…私はいいです」と言った後、落ち込んだ気持ちのまま、事務所を後にした。


家に着き、夕食を食べた後、携帯が鳴り、携帯を見ると『ヒデさん』の文字が浮かび上がっていた。


ヒデさんは私が前職で、アニメのオープニングを手掛けた時、同じプロジェクトのリーダーを務めた人。


いきなりプロジェクトに参加させられ、右も左もわからない私を、指導してくれた人だった。


『珍しい』と思いながら電話に出ると、「お久しぶり」と、落ち着いた男性の声が聞こえてきた。


「ご無沙汰してます!3年ぶりですかね?」と言うと、ヒデさんは笑いながら「もうそんな経つっけ?」と言ってきた。


その後も話をしていると、「またオープニングチームに入らない?」といきなり切り出された。


前回、手掛けたアニメの視聴率が良く、2部の放送が決定。


オープニングのかなり評判もいいから、ぜひ同じメンバーで作りたいと、監督が打診してきたそうな。


「私もう白鳳じゃないんですよね」と言うと、「知ってるよ。山根が営業に来て聞いた。『うちにお任せを』って言われたけど、あの人じゃ無理だ」と山根さんを即否定。


「どうしてですか?」


「原作読まないから。最低限、原作を読んで雰囲気掴まないと、意味の分からないオープニングになって絶対コケる」


「なるほど… でも、社長に聞いてみないとなぁ…」と言うと、ヒデさんは笑いながら「相変わらずの社畜か?」と聞いてきた。


「そこは否定できません」と言いながら笑うと、ヒデさんは笑いながら「とりあえず話してみてよ。ダメそうだったら俺、会社まで行って説得するから」と言ってきた。


その後も懐かしい話をし、気が付いたらかなり遅い時間になっていた。


「社畜はもう寝る時間です」と言いながら笑うと、ヒデさんは「俺はフリーだから夜更かしOKだな」と笑い、少しだけ話した後に電話を切った。


『アニメかぁ… あのプロジェクト、楽しかったなぁ… みんなでああでもないこうでもないって言いながら、いろんなアイデア出し合って、マンガ読んで、みんなでスタジオに泊まって、徹夜して、形にしていって、喧嘩もいっぱいしたし… 完成披露会した時は感動したなぁ…』


懐かしい記憶を呼び起こしながらシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。


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