第31話 待ち合わせ

木村君と本社へ向かう日の朝。


痛み止めを飲んだ後、スーツを着込み、マフラーを目元まで上げて、駅に向かう。


改札の前で木村君のことを待っているとき、なぜか胸が弾んでいた。


『なんかウキウキしてる… 仕事なのにな…』


そう思いながら木村君を待っていると、「悪い。待たせた」と言いながら木村君が歩み寄ってきた。


挨拶もそこそこに、電車に揺られて親会社まで向かう。


いつもの癖で実家へ向かう電車に乗りそうになると、木村君は私の腕をつかみ「こっちだよ」と笑いかけていた。


今までずっと、木村君が私の体に触れるたびに、鈍い頭痛や激痛が起きていたけど、薬が効いているのか、全く痛みは来なかった。


『痛み止め様様だな』


そう思いながら肩を並べて歩き、親会社へ向かっていた。


駅に着いた後、真新しい5階建てビルの中に入る。


『本当はおぼっちゃまだったの?』って思うほど、すれ違う人たちが、次々に木村君に挨拶をし、木村君は軽くお辞儀をしていた。


最上階にある部屋に案内され、中に入ると、大きく高そうな木製のデスクの向こうに、高そうな椅子に座った男性がいた。


木村君と似ているけど、少しきつそうな印象のする男性は、挨拶もそこそこに、私と書類を交互に見た後、いきなり「前職は白鳳だったね?」と切り出してきた。


「はい。そうです」と答えると、社長は書類を凝視し始めた。


緊張感のある空気に包まれ、息が詰まりそうになる。


すると木村君が「座っていいか?」と聞き、社長が「ああ」と答える。


木村君の隣に座ると、少しだけ張り詰めた空気が緩んだ。


が、それ以降は誰も何も言わない。


シーンと静まり返った空気の中、社長が紙を捲る音だけが響き渡り、自然と緊張感が増していく。


社長は大きく息を吐いた後、書類を持って私の前に座り、「独立は考えなかったの?」と聞いてきた。


木村君が「おい」と会話を止めようとしたけど、社長は手のひらで木村君を静止させる。


「私自身、まだまだ力不足だと思いますので、独立は考えていませんでした」


「将来的には?」


「…現段階では考えられません」


「なぜ? 君くらいの実力なら、独立したほうが良いんじゃないのか?」


「待てよ!んな話をしに来させたんじゃねぇだろ?」


木村君は立ち上がり、社長の話を遮った。


社長はふーっと息を吐き、背もたれにもたれながら「世間話だよ」と、ため息交じりに言っていた。


すると社長はすっと立ち上がり「これからもよろしく」と言い、右手を差し出す。


慌てて立ち上がり、それに応えると、社長室のドアがノックされた。


一人の男性が社長室に入り「社長、お見えです」と伝えると、社長は「今行く」と言った後「また今度」と言い、そのまま追い返されるように部屋を出た。


『MVP… 金一封…』


駅に向かう途中、そんなことを考えながら歩いていると、木村君が「ホントごめん」と申し訳なさそうに謝罪。


「いえ…」と言ったんだけど、頭の中は『MVP 金一封』でいっぱいだった。


黙ったまま電車に乗り、会社まで歩いているときも、頭の中は『MVP 金一封』でいっぱい。


会社に戻り、更衣室で制服に着替えていると、ユウゴ君の「MVPいくらだった?」という声が聞こえ、さらに気持ちが落ち込んだ。


着替えを終え、カーテンを開けると、ファイルを持ったユウゴ君と、それを覗き込む木村君の姿。


「なぁ、MVP…」と聞いてくるユウゴ君の言葉を余所に、自分のデスクに戻り、作業を開始した。

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