第22話 勘違い

木村君に電話をし、情けない声で助けを求めた後、木村君は「今駅?すぐ行く」とだけ言い電話を切ってしまった。


『助かったぁ…』と思いながら涙を拭い、ダサすぎる行動をしてしまったことに無力感を感じていた。


5分もしないうちに木村君は駆け寄ってきて、肩で息をしながらいきなり聞いてきた。


「かおりってやつは?」


「…ホテルで寝てます」


「どこの?」


「そこです」と言いながら指さすと、木村君は「んのやろ…」と言いながら、ホテルに向かって歩き始めた。


「え?ちょっと待ってください!今寝てるんで…」


「だから何だっていうんだよ!泣かされたんだろ!?」


「はぇ?」


よくわからないことを怒鳴りながら言われ、全くと言って良いほど理解が付いていかない。


木村君はため息をついた後、「ごまかさなくていいよ。 ちゃんとはっきりさせるから」と言い、ホテルに向かおうとしてしまった。


必死に呼び止めようとしても、木村君は無言のまま、どんどんホテルのほうへ向かってしまう。


「ちょっと待ってってば!」と言いながら、前進しようとする木村君の前に立ち、木村君の体を押し返そうとすると、木村君はやっと足を止めてくれた。


その表情は怒りに満ちていて、恐怖を感じてしまうほどだ。


「んだよ。止めんな」


「ダメです!止めます!!」


「クライアントだからって、何してもいいってもんじゃねぇだろが!!」


確かにクライアントだからって何してもいいわけじゃない。


けど、かおりさんは育ての親のようなものだし、酔った時くらい介抱して、恩返しをしてあげたい。


それはあくまでも、私の気持ちであって、経営者目線で見ると、行き過ぎた行動なのかもしれない。


なんて言えばわかってもらえるか、なんて言えばうまく伝わるのかわからず、思ったことをそのまま伝えた。


「…酔って絡むことがそんなに悪いことですか? 久しぶりに会って、お酒飲んで酔っ払うことがそんなにいけない事ですか?」


「悪いに決まってんだろ? 酔った勢いで襲うとか、人間のやる事じゃねぇよ」


「え?襲う?」


「襲われたんだろ?しかもやる事やって、こんな時間にホテル追い出すとか、人としてありえねぇだろ?」


「は?やる事って何ですか?」


木村君は急に黙り込んだ後、少し時間をおいて「…何があったか説明してくれる?」と、切り出してきた。


かおりさんが酔い潰れてしまい、介抱しているうちに終電を逃したことと、ホテルの部屋がいっぱいだったこと、ATMが使えず、お金がないことと、実家にも帰れない事、クレジットカードが期限切れで使えないことを言うと、木村君はポカーンとしていた。


「…それだけ?」


「それだけって何ですか!? すっごい心細くて不安だったんですよ!」


「…かおりって女が女好きで、襲われたんじゃねぇの?」


「はいぃ?かおりさん、確か彼氏いますよ?」


木村君は少し黙った後、「ユウゴのやろう…」と小さくつぶやいた。


「ユウゴ?」


「あ、いや、なんでもない。案内するよ」


そう言うとゆっくり歩き始め、マンションまで案内してくれた。


マンションの部屋に着いた後、木村君は「家具類移動させてないからそのまま使って」と言い、鍵を渡してきた。


お礼を言いながら鍵を受け取ると、「今日も仕事だから早く寝ろよ」と、優しい笑顔で笑いかけてくると、鈍い頭痛が押し寄せてきた。


「今日? 始発で帰りますよ?」


「始発で帰って間に合うのか?出勤時間」


「土曜休みですよね?」


「今日は金曜です。勘違いしてますよ?」


絶望的な言葉を聞き、違った意味で頭痛を感じた。


「…在宅にしていただけませんか?」


「無理です。素材が来る予定ですし、事務もまだまだ残ってます」


「…そうですか」と言いながら、体が重くなるのを感じる。


木村君は「ま、そういうことだから。おやすみ」と言うと、私の頭をポンポンと、軽く2回叩き、部屋を出て行った。



翌朝、アラームで目が覚めたのは良いんだけど、完全に寝不足の状態。


昨晩、寝ようと思いベッドに潜り込むと、木村君のにおいがすることに気が付いた途端、激しい頭痛に襲われ、視界が定かでないままに、痛み止めを飲んだ。


そのせいなのか何なのか、頭がボーっとしている。


『寝不足+副作用か… 休みたいなぁ…』


重い体を引きずるようにシャワーを浴び、全く目が覚めないまま出勤。


昨日と同じ服と言うことも気にならないまま、会社に着くと、鍵は開いているけど誰もいなかった。


自分のデスクに座り、肘をついて目頭を強く押していると、休憩室のほうから「いってぇぇ!」と叫ぶ、ユウゴ君の叫び声が聞こえた。


『どっかにぶつけたのかな?』と思いながら目頭を押さえ続ける。


すると今度は、ユウゴ君が馬鹿笑いする声が聞こえてきた。


『朝から元気ねぇ…』と思いながら頬杖を突き、電源のついていないモニターを眺める。


次第に瞼が重くなり、視界が消えかけた瞬間、頭の上にポンと何かが乗るような感じがした。


ハっと気が付いて横を見ると、木村君は「寝れた?」と聞きながら椅子に座り、缶コーヒーを開けていた。


「あ、はい。昨晩は、お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません」と言いかけると、反対側に座っていたユウゴ君が「ぶっ」と噴き出した。


「なんですか?」と聞くと、ユウゴ君は「何でもない」と言いながらニヤニヤ笑う。


すると木村君が「あの部屋、そのまま使っていいから。家具もそのまま使っていいし、もし必要だったら、荷物取りに行くの手伝うよ」と、優しく微笑みながら言ってきた。


「そんな、ダメです!悪いです!」と言うと、ユウゴ君が「いいんじゃね?激しい勘違いした罪滅ぼしだろ?」と、半笑いのまま言ってきた。


「誰のせいでそうなったと思ってんだよ?」と言う木村君と、「わっかんな~い。自分のせいじゃな~い?」とふざけた口調で言うユウゴ君。


私を挟んで言い合いを始めてしまったので、椅子をスっと後ろにずらし、言い合いをしている二人を眺めていた。


『この光景、見覚えがある』


そう思っても、鈍い頭痛はしなかった。


薬のおかげなのか、睡魔に襲われているせいか、鈍い頭痛は全く感じなかった。

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