記憶の糸

のの

第1話 干物生活

平日の昼下がり。


窓から暖かい日差しが差し込む中、ベッドの上に寝ころび、ボーっと天井を眺めていた。


5年務めた会社を退職し、やることもなく、何かする気にもなれず、ひたすらボーっとしているだけ。


24の独身女性と言えば仕事に恋に大忙しだろうし、中には結婚して育児に追われている人もいるだろう。


そんなキラキラ輝く女性とは正反対の、完全な干物女と化していた。


『これからどうしよう』


時々、そんな考えが頭に浮かんだけど、また何も考えなくなる。



以前いた会社では、クリエーターとして勤めていた。


周囲の期待に応えるように、素早く正確に仕事をこなしていた。


けど、『周囲の期待』は形を変え、できることが『当たり前』になってしまい、超多忙を極めつつあった。


『美香ちゃん!これお願いね!』


『美香ちゃん!これよろしく!』


周囲は「口癖か?」と思うくらい人の名前を呼び、次から次にファイルを私のデスクに置いていく。


次から次に置かれていくファイルの山を崩していくように、永遠と黙々と作業をしていた。


始発で会社に行き、終電で帰る生活。


自宅に帰れればまだ良い方で、会社に泊まることもあった。


たとえどんなに体調が悪かったとしても、なんとか期待に応えようと思ったけど、体力的にも、精神的にも限界を迎え、それでも頑張ろうとしたときに、会社で吐血してしまい、入院を余儀なくされた。


診断の結果は『ストレス性胃潰瘍』と『うつ状態』。


2週間の入院期間を経て、復職した。


けど、『また倒れたら困るから』と仕事を回してもらえず、誰からも相手にされなかった。


「口癖か?」と思っていた名前を呼ぶ声は、全くと言っていいほど聞こえなくなり、高く積まれたファイルの山は、一つも置かれなくなっていた。


しかし、周囲がこれを良しと思うわけもなく、無言のプレッシャーを与えるばかり。


そんなプレッシャーに耐え切れず、1ヵ月も経たないうちに、自主退職を余儀なくされた。


退職金も入ったし、意図して作ったものではない貯金もある。


当面の生活には困らないんだけど、今の干物生活が長く続くわけがない。


『どうしよっかなぁ』


何を考えて『どうしようかなぁ』と思っているのか。


それすらわからない状態のまま、ひたすら天井を眺めていた。

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