第6話
あの村人たちを殺さなければならない。
私は先日の荒野の道をまた逆戻りに歩きながら心持はひどく暗澹としていた。
そして一日を歩き切ったところではたと気が付いた。
どこかから風に乗って煙の香りがした。
それはいつか幼い頃に嗅いだ戦争の香りと同じだった。
私は夜半の闇を駆けて行った。嫌な予感は的中した。
私がたどり着いたときに村は既に荒れ野の一部と化していた。
肉が焦げた香り、灰と化した木片が爆ぜる音。
かつての牧歌的な様相は見る影もなかった。
私はふらふらと幽鬼が如き様相で村の中を彷徨い茫然と眺めていた。私はあるはずもない何かを求める様に村の広場へと力なく足を引きずっていく。広場の中心に築かれていた死体の山。その上に座す
「残念だったねグレイス。もう一晩早ければまだ皆生きてたのに」
広場にいたのは私と同じ教会の掃除屋。菫色の瞳をしたヴァイオレットだった。
「…震えてるのかい?あんた?」
ヴァイオレットは乾いた嗜虐的な愉悦を感じさせるような笑みで顔を歪ませた。私はヴァイオレットへの怒りにしがみつくことでどうにか立っていた。足が、身体が、怒りに震えていた。
「彼らは…彼女らは…こんな簡単に殺していい人間などではなかった…!」
ヴァイオレットはにやりと笑みを浮かべた。
「神父様の言った通りだ」
「何を…?!」
「あんたはもう使い物にならないんじゃないかって言ってたよ…この村は小さいが正教が土着的に深く根付いているものだから神父様は危険視していたのさ。そしてもしあんたが異教に取り入れられちまっていたその時は殺っちまっていいってさ…どうだいグレイス?破門された気分は?」
破門。どうしてその考えに至らなかったのか自分で不思議だった。
「それにしても、今更あんた何をほざいてるんだ?私もあんたもたくさん殺しただろう?」
菫色の瞳が私を見透かすように面白がるようにこちらを向いている。
「神のために殺したから赦されるとでも言いたいのか?あんただから言うけど私は神も神父様も端から信じちゃいなかったよ。請われればなんだってした、生きるために自らの意思で殺してきたんだ。あんたみたいに何もかも神に責を押し付けて殺してきたような卑怯者とは違うんだよ!」
ヴァイオレットの呪詛の如き言葉は灼け付くような裁断の
何一つ違わない。
まったくヴァイオレットの言うとおりだった。
私は
神は私にとってただの隠れ蓑に過ぎなかった。
破門され後に残るのは血と罪業に染まった両手のみ。
それであるならばやることは一つだけだった。
考える前に身体が動いた。
「グレイス!」
ヴァイオレットが短く私の名を叫んだ。
”
私は今からそれを捨てる。
自ずから神を捨て神からも捨てられる。
私の身体はどこまでも自由だった。
私は膝を一瞬曲げると全力の踏み込みで一直線に向かうのみだった慣性を上向きに捻じ曲げた。
眼前にはヴァイオレットの驚いた顔がある。
私はその顎を思い切り上向きに殴りつけた。鈍い音と一緒にヴァイオレットの首が跳ね上がり、そのまま後方へ吹き飛ばされていった。
「っ貴様ァアアっ…!!」
ヴァイオレットは立ち上がろうしたが足がガクガクと揺れることに気が付くと今度は唖然とした表情をした。
的確な打点で打ち込んだ。何百回、何万回と繰り返してきたことだった。手足に馴染んだ人を殺めるための技術。
今となっては誰にも必要とされない
「くそっ…畜生っ…足が…動かない…!!」
一歩一歩と距離を近づける。ヴァイオレットは何度も自らの足を殴り罵声を浴びせるが当然益体もない。
「ヴァイオレット…菫色の瞳の子供のあなたがかつて抱いていたぬいぐるみはどうしたの?」
戦いの最中に聞くようなことではなかった。嘲られたと思ったのか、ヴァイオレットは怒りで眼を見開いた。
「あんなものはただの糞と肉の代わりに綿が入っただけの木偶人形だ!!!餓鬼の撞着にいつまでも縋るほど…私は弱くない!!!」
私は懐から
「最後に教えてヴァイオレット…なぜ私たちは生き延びた?…殺すことで生き永らえてきた私たちは…そんな価値が本当にあったの…?」
この世には殺す側と殺される側の人間がいる。
では…なぜ?
なぜ私は生き延びあなたは死ぬ? 私たちは一体何が違う?
ヴァイオレットはくすりと呆れる様に笑った。その眼はこの世の虚ろな色を映している。私が期待し得るような返答などある訳もなかった。
「…はは…そんな悠長なこと言って生きられるような世界に…私たちは生まれてないだろ……」
乾いた破裂音が村に響いた。
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